第21話 酔いどれエルフと牡蠣小屋の誓い②

「お、おぅ」

「セラ、牡蠣小屋気に入ったのね……」

 

 セラさんのテンションにやや引き気味の二人。セラさんはアミノ酸だらけの牡蠣の虜になっていた。そんな中、弥生ちゃんが笑顔で次のメニューを持ってくる。

 

「お待たせしましたー! 生牡蠣でーす!」

「「「はーい!」」」

 

 三人は忙しい中、笑顔を絶やさない弥生ちゃんを天使のように感じていた。もちろんそんな天使のような弥生ちゃんが持ってきてくれる牡蠣やお酒がより美味しく飲めるような気がする。

 

「料理は心というニッポンの侘び寂びのココロだな!」

 

 セラさんのこのセリフにまたしても犬神さんとディアナさんはドン引く。何か日本の文化を勘違いした外国人、もとい……異世界人。

 しかしセラさんの奇行にばかり惑わされているわけにはいかない。目の前には生牡蠣。

 

「流石にメニューにシャンパンはないですけどスパークリングワインはあるのでボトル入れませんか? 俺出しますよ」

「えっ、いいんですか?」

「犬神さん、私たちエルフが信仰する精霊王ツィタニア様の加護があらん事を!」

「いや、お前さんの信仰する神とかどんな厄災持ってくるか分からんからいいわ。そんな事よりディアナさんフランスのスパークリングワインでいいですか?」

 

 ワインに関しては犬神さんよりディアナさんの方が詳しい。とはいえ、このお店で出しているボトルワインは店頭価格では4、5000円程だが、実際の定価は1500円から2000円前後の商品。好みの違いはあれどそこまで気にする程の違いはない。

 

「えぇ、構いませんよ」

「弥生ちゃーん。フランスのピエルラン、ボトルでお願いします」

「はーい! 喜んで!」

 

 ドンと持ってきてくれたスパークリングワイン。その開栓。一杯目は弥生ちゃんがついでくれるので三人はグラスがふれない距離でグラスを掲げる。

 

「じゃあ、そろそろ」

「そうね。生牡蠣を」

「いただくとしよう!」

 

 御神酒代わりにスパークリングワインを一口。微炭酸の刺激の後に酸味が広がる。十分美味しい。犬神さんの部屋にスパークリングワインはシャンパンやフランチャコルタ等の高級な物しか置いていないが、これはお客様用で当然安価なスパークリングワインでも、

 

「おぉ、これ美味いですね。今度いくつか買っておこうかな」

「そうね。案外シャブリなんかより生牡蠣に合うかもしれないわ」

「うんうん、そうだな! 確かに美味いな! うん」

 

 セラさんは話についていけない事は分かったが、スパークリングワインが美味しいという事だけは分かり、生牡蠣をスパークリングワインで楽しむ。生牡蠣が終わると再び焼き牡蠣を食べ出す三人、先ほどと違い、スパークリングワインで食べる焼き牡蠣は一味違う気がする。

 

「なんかこういくらでも食べれてしまうぞ!」

「原始的な食べ方とかお前言ってたのにな?」

「えぇ、日本の誇る伝統的かつ類を見ない食べ方を随分な言い方だったわよね!」

 

 セラさんは二人にそう責めたてられ、叡智の種族であるハイエルフの自分がこのまま言われっぱなしでいいのかと思ったけど……二人に口論で勝てる気がしないので……この前公園のベンチでレモン酎ハイを飲んだ時に出会った小学生女子、みっちゃんにこういう時のはぐらかし方を教わったので実践してみた。

 

「てへ!」

「「!!!」」

 

 二人が凄い顔をしている。ディアナさんはどん引き、犬神さんは「なんかお前のそれイラつくな」と若干キレ気味。

 

(一体何を間違えた? みっちゃんはこれをやれば友達もパパもママも大体笑って許してくれると言っていたぞ……計ったなみっちゃん!)

 

 トンとシャンパングラスを置いてスパークリングワインを飲み干したセラさんはコホンと咳払い、何事もなかったかのように焼き牡蠣を食べようとして……

 

「熱ぃ!」

 

 素手で焼き牡蠣を持って火傷仕掛け飛び上がった。それに犬神さんはニヤニヤと笑って、ディアナさんは「ちょっとセラ大丈夫? すみませーん! 弥生ちゃん氷もらえる?」とセラさんの手を冷やしてくれる。

 

「ディアナさんかたじけない」

「ほんと、酔ってんの? 気をつけなさいよ」

「嗚呼、一応火の加護もあるから大丈夫だったが、中々肝を冷やしたぞ。弥生ちゃんビールお代わりだ!」

「俺も」

「私も!」

    

 後半戦、三人は焼き牡蠣を醤油とタバスコ。酢とレモン汁など新たな味を追求し始めていた頃、弥生ちゃんが三品目を持ってくる。

 

「お待たせしましたー! 牡蠣の蒸籠蒸しでーす!」

 

 牡蠣ばかり食べまくっている三人だが、飽きるという言葉を何処かに置いてきたように到着した蒸籠蒸しを見て、まだ半分以上あるビールを見ながら、

 

「提案なんだけど……」

 

 とディアナさんが、それに犬神さんは「承諾しましょう」と内容を聞いてもいないのに答えるので、セラさんは「い、一体なんなんだ! 二人はテレパシーでも使えるのか? ディアナさんなんの提案なんだ?」

 

 と混乱する中、ディアナさんが、

 

「日本酒を燗で飲みたいんだけど、三人でシェアしない? って思って……ビールもまだあるから……」

 

 なんだそんな事かとセラさんはドンと胸を軽く叩いてウィンクした。

 

「もちろん付き合うぞ! 弥生ちゃん、熱燗とお猪口三つだ! しかし牡蠣の蒸籠蒸しはどうやって食べるのがいいんだ?」

 

 焼きとは違って蒸しだ。さぞかし珍しい食べ方があるんだろうとセラさんは「お待たせしました! 超辛の熱燗でーす」と弥生ちゃんが持ってきてくれた熱燗をお猪口に入れるとフーフーしながら犬神さんとディアナさんの回答を待っている。

 

「どう食べるって……ここにある調味料で?」

「そうよね。焼きとあんまり変わらないわよ」

 

 えっ? じゃあこの蒸籠蒸しは一体どういう理由でこのメニューがあるのかとセラさんはレモンをかけて蒸籠蒸しの牡蠣をパクリと……

 

「おぉ! おぉおお! ふっくらしててガツンと来る焼き牡蠣とは違う優しい感じだな!」

 

 案外セラさんが的を得た食レポをするので、犬神さんはセラさんの手元を見て熱燗もやりなと目で合図する。セラさんはコクンと飲むと……

 

「こここ、これはこたえられん……なんつーうまさだ!」

 

 どのお酒の組み合わせも最高の一言に尽きるのだが、特に日本酒と牡蠣の蒸籠蒸しの組み合わせはある種、一つの正解例と言っても過言ではなかった。それはハイエルフとしてセラさんが、いくつかの魔法を解き明かした時、

 

「高難度魔術書。ゼシル・アルバトロスの最終魔法定理を解き明かした時のようだ」

「そうか、よかったな」

「焼き牡蠣焼けたみたいよ。たまにセラって誰かの名前出すわよね」

 

 セラさんは二人のこの気持ちが伝わらないのが悔やまれた。だが、美味しい焼き牡蠣の前にはそんな些細な事どうでもいいかと再び軍手をつけて、焼き牡蠣に向き合うセラさんがいた。そしてコース料理最後のメニュー、シメの牡蠣ご飯が運ばれてくる。

 

「お待たせしましたー! 牡蠣ご飯です!」

 

 焼き牡蠣の提供もこれにて終了、セラさんはまだ一人、三個ずつはある焼き牡蠣を楽しもうとしていると、犬神さんとディアナさんが食べるわけでもないのに焼き牡蠣をどんどん殻を開けていく。

 

「一体、二人とも何をしているんだ? まさか……その牡蠣を?」

 

 セラさんが元いた世界でも未だ解き明かされていない魔術上の未解決問題のヒントを得たように二人の行動が手に取るように分かる。犬神さんは少し面倒そうに頷く。そしてディアナさんはようやくセラさんが同じ高みに到達できたことに微笑んで頷いた。

 

「なるほど、罪深いな。牡蠣小屋……だが、それがこの国の法律というのであれば私も殉じようじゃないか! 焼き牡蠣を牡蠣ご飯に追加して食べるのだな!」

 

 三人は大きな焼き牡蠣を乗せた牡蠣ご飯をシメに食べる。元々炊き込まれていた牡蠣の出汁と、焼き牡蠣のまさに今抽出された出汁が織りなすマリアージュに三人とも、無言で箸が進む。

 

 そして……

 

「ふぅ、美味かった」

「ごちそうさまでした」

「脳がとろけそうだったぞ……こんな美食がまだ隠れていたなんて脅威だな」

 

 お腹いっぱい、お酒も満足できる程飲んだ三人は少し食休み、すると、弥生ちゃんが手に烏龍茶を持ってやってくる。

 

「皆さん、綺麗に食べてくれましたねー! ありがとうございます!」

「うーん、弥生ちゃん。とても美味しかったぞ! それにしてもこの貝殻、何かに使えそうだな。凄く硬いし、冒険者達は防具の素材に重宝するやもしれないな!」

 

 と、ちょっと意味不明な事を言うセラさんに弥生ちゃんは理解はしていないが貝殻を有効活用するかもしれない話をしているセラさんに、

 

「もしよければお持ち帰りされますか? たまに貝殻アートの方とかが持って帰りますし!」

「いいのか?」

「えぇ、あとは捨てるだけですしねー」

 

 犬神さんがセラさんに首を横に振って絶対いらないという意思表示を見せるが、セラさんはこの前、SDGsについての情報番組を見てどうでもいい知識を身につけてしまっていたのが、運の尽きだった。

 

「ふっ、では少し貰って帰るとするか!」

 

 と、セラさんはリュック一杯になるくらい牡蠣の貝殻、要するにゴミを貰った。料金の支払いを終えた時、セラさんはこの貝殻でどんな素敵な事ができるんだろうと胸を躍らせていたが、タクシーに乗ってわずが数分で……

 

「この貝殻……私はどうするつもりなんだ? そもそもこれ使い道とかあるのか? どう思う犬神さん、ディアナさん?」

 

 一時の昂りで持ち帰った貝殻の使い道の圧倒的ななさに困惑するセラさん、そんなセラさんに犬神さんが至極当然な事を言ってのけた。

 

「木曜日の燃えるゴミの日に出せよ。バカじゃねぇの? ゴミ貰ってゴミの日に捨てるとか、これだからエルフとかいう珍民族は……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る