第20話 酔いどれエルフと牡蠣小屋の誓い①
「海の幸、山の幸と恐るべき種類があり、私はこれでもこの世界で様々な手の込んだ料理を食べてきたんだぞ! それなのに、今更素焼きを食べるとはこれいかにだ!」
それはVRゲームをする動画を撮影していたセラさんの部屋、もとい、犬神さんの部屋にやってきた505号室のディアナさんがこの前犬神さんが提供してくれた株主優待のお礼に牡蠣小屋に行かないか? というお誘いだった。なんでも知り合いが経営していて安く食べられるのだとか、そこでセラさんのこの言葉である。そんな原始的な食べ方を今更という提案に対して、セラさんも100%犬神さんはのり気じゃないと思っていたのだが、
「牡蠣小屋か、しばらく行ってないな。いいですね。ご一緒しましょう。セラは原始的な食べ方は嫌なんだろう? 家でうまい棒でも食って安い酎ハイでも喰らってろよ」
「え?」
「うん、残念ね。じゃあ行きましょうか犬神さん」
「そうですね。セラ、戸締りしっかりな? 知らない人と302号室のダンタリアンが来ても開けるなよ」
「ちょっと……」
部屋に置いてきぼりにされたセラさん、とりあえず準備をして、鍵を閉めてタクシー待ちしている二人を追いかける。
「行かないとは行ってないぞ! 行かないとはな! これだけ食が飽和しているんだ、たまには原始の食べ方に戻りたくもなるんだろう!」
そう言ってセラさんは二人と牡蠣小屋に向かう。しかし二人の話に割って入れない。
「序盤はビール、からの日本酒か白ワインか、ワインだとディアナさんオススメってありますか?」
「オススメはあるし、持ち込みもオッケーだけどお店にある商品で楽しむ事を考えるとそこまでいい銘柄じゃないと思うのよね。なら犬神さんにお酒のチョイスをしてもらった方が満足度は高いかしら?」
セラさんは二人の話を聞いて、コイツら何言っているんだ? という表情を作る。叡智の民族と言われ、あらゆる政にも関わり、戦争や魔王軍との戦いにおいても様々な策略を考えたエルフであるセラさんが、全く話に入れない。
「さ、酒なんてなんでもいいじゃないか? まずはビールでキューっとだな」
「……セラカス、少し黙れ」
酒カスのセラさん、略してセラカス。この呼び方をする時、犬神さんは気が立っている。それはもう、世界を滅ぼすフェンリルの如く。
「到着よ。ここね」
犬神さんがタクシー代を支払ってセラさんとディアナさんの為に扉を開く、ナチュラルに紳士の行動にディアナさんはふふふと笑う。
「どうしました?」
「いえ、昔。ヨーロッパにいた時。夜の晩餐会でもこういうシーンがあったなって思って」
「へぇ、晩餐会とか日本じゃ誰がやってんでしょうね?」
ディアナさんの話は数世紀前の事だが、犬神さんがそんな事知る由もなく、牡蠣小屋に案内される。学校の制服にエプロンをつけた女の子の店員、アルバイトだろうか? そんな彼女が簡単な説明、焼き牡蠣は熱いので軍手で気をつけて持って牡蠣ナイフでガラを外す。
「コース料理も順番にお持ちしますので! じゃあディアナさんとそのお友達の皆さん、ごゆっくりどうぞ!」
「JKね」
「JKですね」
彼女はお手伝いでたまにお店にいるらしい牡蠣小屋店主の孫。弥生ちゃん、17歳の初々しさにディアナさんと犬神さんはうんうんと頷く。
「なんだ……なんなんだ?」
「おい、セラ飲み物選べよ。何がいい?」
「わ……私はそうだなぁ……シャンディガフにしようかな」
チラリとセラさんは二人を見ると、驚いた表情でセラさんを見ている。これは嘲笑ではなく、驚愕の方だ。ディアナさんが犬神さんをチラリと見る。
「悪くないチョイスだな。じゃあ俺も、ディアナさんもそれでいいですか?」
「えぇ、構わないわ。とんだルーキーねセラ」
ビールとジンジャエールカクテル、シャンディガフ。甘く度数も控え目で飲みやすい。犬神さんは黒ビールか白ビールか迷っていた中でセラさんが選んだチョイスに狂いはないと思った。
「シャンディガフお待たせでーす! あと、タイマーなったら牡蠣食べられますからねー」
弥生ちゃんが来るたびに犬神さんとディアナさんが手を振る。セラさんは「か、乾杯でもするか?」と聞くので忘れていたように犬神さんとディアナさんはジョッキを持った。
「それじゃあ、この前のお礼も兼ねて今日は思う存分牡蠣を楽しみましょう! 乾杯!」
「いただきます! 乾杯!」
「わー乾杯だー!」
ゴクリと喉を鳴らし、うまいなーとセラさんは思った瞬間、鼻腔をくすぐる旨み成分の香り。見る前から、食べる前から美味しい匂い。これは人をまやかすセイレーンの歌声のように抵抗できない。
ピピピピピ!
「はっ! ここはどこだ」
「牡蠣小屋だよ。頭大丈夫かセラ」
セラさんは小さいナイフで犬神さんとディアナさんが牡蠣の皮を向いている様子を見つめる。自分の手元にも牡蠣ナイフ。
「これか……んん! グランドドラゴンの鱗みたいに硬いぞ! くぅうう! ええい!」
ばきりと空が取れたそこにはミルク色の牡蠣が現れる。犬神さんもディアナさんも準備は整ったらしい。
「牡蠣醤油、レモン、ポン酢、タバスコ。好きな物をかけて食べるんだ。まずは無難に牡蠣醤油行ってみ」
と犬神さんに言われセラさんは牡蠣醤油をかけて、恐る恐る。ただアミで焼いただけの牡蠣をつるんと食べる。
セラさんは目を開ける。
そこにはかつて……長い旅の末に倒れたセラの昔の仲間達。皆がセラに微笑みかけている。そうか、彼らは私の事を待っていてくれるのだな! と思ったセラさんの意識は牡蠣小屋に戻ってくる。
「うめぇええええええ! これはなんだ。究極の美味だ! 牡蠣醤油が牡蠣のプリプリの身に染みて噛むとあらゆる旨みが私の脳を侵した。これ、合法なのか?」
「合法に決まってんだろ」
セラさんは興奮を抑える為にシャンディガフをゆっくりとゴクンと飲んで、ディアナさんと犬神さんを見る。犬神さんはレモン汁をちょんちょんと垂らしてパクリ。ディアナさんはタバスコを落としてちゅるんと食べ、すぐにシャンディガフをごくりと。
「ハフハフ、あちち! 流石にうまいですね。たまりません」
「そうね。私も久々だけど初めて牡蠣小屋にきた時……血を呑むっていかに馬鹿馬鹿しいか気付かされたわ!」
「亜鉛や鉄たっぷりですからね」
二人はそんな会話の後、バーサーカーのように焼き牡蠣に手を伸ばす。それにセラさんは負けじと焼き牡蠣に手を伸ばした。
そこに弥生ちゃんがやってきて、
「お待たせしました! カキフライです」
セラさんは理解が追いつかなかった。焼き牡蠣食べているのに、また牡蠣出すのかと……
そこで犬神さんは弥生ちゃんに注文。
「弥生ちゃん、悪いけどビール頂けるかな?」
「わ、私も」
ディアナさんも続くので、セラさんはシャンディガフをごきゅっと飲み干すと、「私ももらえるか?」と注文。
「はーい! 喜んで!」
その間に焼き牡蠣を食べ終わったので、追加注文。焼肉よりも忙しい。これが牡蠣小屋なのかとセラさんは驚く、ゴブリンの群れ相手に魔法を連発した事もあったが、ここまでキビキビと動いたわけじゃない。
「なるほど、ゴブリン、オークの大部隊をも凌駕するという事か、驚いたぞ牡蠣小屋! さながら牡蠣小屋と書いて、モンスターハウス!」
「何言ってんだセラ、お前、ゴブリンとオークの大部隊がどんなもんか知らんけど、これは牡蠣と人間の戦争だぞ?」
「そうね。今まで多くのヴァンパイアハンターを退けてきたけど、唯一負けそうになったのがこの牡蠣小屋くらいね」
1000年以上いきた吸血鬼と、バケモノのようにお酒を呑む犬神さんをしてそう言わせる牡蠣小屋。俄然セラさんもやる気ができた。
「ふっ、タルタルソースがめいっぱいかかってるじゃないか! 頼もしい」
焼き牡蠣が焼きあがるまでのカキフライ、丁度ビールも到着した。珍しく犬神さんがジョッキを掲げる。
それに歴戦の仲間のごとく二人もジョッキをカチンと合わせた。
そこに言葉はない、が……“我ら生まれた日は違えども、焼き牡蠣を食す時は同じ日同じ時を願わん“と言わんばかりに……
セラさんはとディアナさんはそのまま、犬神さんはタルタルソースの上からウスターソースをさらにかけて、ぱぁぁあく! カリカリ、ジュワッと! 牡蠣の出汁が口の中に広がる。牡蠣の食べ方といえばカキフライという人がいるくらいの人気メニューだ。
意識がぶっ飛ぶのを抑えて三人はビールをごきゅごきゅと呑む。揚げ物とビールは一つ間違えば意識を宇宙に持っていかれる。
素人にはお勧めできない。
「流石に美味しいわね」
「いやー、ディアナさん感謝っすわ。中々自分で行こうとしないですからね」
二人が感動している中、セラさんは口の中が美味しさと幸せで充満している。焼いただけでもあんなに美味しいにの揚げたらさらに美味しくなるとかどんな食べ物なのかと……
「うひゃあああ! おいしすぎるぞ牡蠣! もういくらでもお酒が入る! 満足だ」
セラさんのその言葉にディアナさんがフッと笑った。何事かと思ったセラさんに見せたお品書き。
そう、焼き牡蠣食べ放題とコース料理、そのコース料理の尖兵が届いたに過ぎない。
「バカな……蒸籠蒸し……生牡蠣……さらに〆には牡蠣ご飯まであるのか……」
ぐっぐっぐと犬神さんはビールを飲み干すと、弥生ちゃんに優しく「日本酒いただけるかな? 二本とお猪口3つでね」と優しく注文する。子供相手の犬神さんって新鮮だなと思っていたら、
ピピピピピ! 焼き牡蠣ができたらしい。そう、この牡蠣小屋祭りは後半戦へと歩を進めたのだ。セラさんは同じくビールを飲み干して、二人にこういった。
「ついていくぞ二人とも! 牡蠣小屋の誓いにそぐわぬようににな!」
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