第18話 酔いどれエルフと日高屋呑み 光の飲み友9 ぴえん系瑠璃登場

「中華が食べたい」

 

 犬神さんの部屋でセラさんはそう呟いた。セラさんの言う中華というのは本格中華ではなく、日本で発展した大衆中華である。一度外に出ればいくらでもある。キョロキョロと見渡しているセラさん。

 

「おぉ! 幸楽苑! あっちはバーミヤン。やはり王道の餃子の王将と洒落込もうか? ……が、ここは初心に戻って……日高屋だな!」

 

 日高屋とは埼玉県日高市発祥で関東一円に滅茶苦茶展開している激安大衆中華チェーンである。

 中華のサイゼリアと言っていいくらいお財布に優しく、部活を終えた学生やガテン系の中年男性など御用達の腹に入れる為の店というイメージが強いお店である。

 このお店、実はちょい飲みを推奨しているのだ。パーカーにショートパンツ、そしてセラさんは変装用スポーツキャップを深く被るとドキドキワクワクした顔で店内に入ろうとした時、

 

「はぁ……私可愛くない。死にたい」

 

 とセラの方を見ながら言う女性。年のころは二十歳前後だろうか? 黒髪ロングにピンクのインナーカラー、肌は異様に白く唇は反比例し真っ赤だ。涙腺辺りのメイクを盛ってありタレ目、左耳には数えきれない程のピアス。肩はレース生地の服を着て透けている。そんな女性が話しかけて欲しそうにセラさんを見ている。

 セラさんは元の世界にいた時から、この手の相手は面倒臭いと経験済みだった。無視して入ろうとした時、

 

「はぁ、日高屋でィィや」

 

 とか言いながらセラさんの後ろをついてくる。できる限り早足で端の席に座ると、その女性は「よいしょ、荷物こっち置く?」と普通に同席してきた。

 美人局か何かかとセラさんはキョロキョロする。

 

「こんなに席が一杯あるのにどうして私と同じ席に座るんだ?」

「やっほー、私瑠璃。お姉さんの名前は?」

「私はハイエルフのセラ・ヴィフォ・シュレクトセットだ! かつて魔王を倒す旅をしていた勇者と共にいた事あったんだ!」

「うんうん! 凄いねセラ」

 

 今までにない反応。基本この手の人間は人の話を聞いていないが、異様に聞き上手な事が多い。セラさんは秒で心を許してしまい。


「瑠璃さんは何をしている人なんだ? 学生さんか?」

「えぇ、フリータぁー。セラは遅いランチぃ?」

「ほぉ、フリーターか。今から私はまったり呑むつもりだ」

「えぇ、瑠璃も呑もー」

「私はアサヒ、スーパードライだな! 瑠璃さんは?」

「瑠璃わぁ……ウォッカのソーダわり」

 

 セラさんはつつくのに焼き鳥を注文し、ビールとウォッカのソーダ割りが運ばれてきたのでセラさんと瑠璃さんはジョッキをカチンと合わせる。

 

「乾杯だ!」

「わー! 乾杯!」

 

 ぐっぐっぐっ、と二人は飲み干して、セラさんは目を瞑って叫んだ。


「ぷひゃあああああ! うまいゾォ!」

「あー、おいしぃ! お代わりぃ!」

「おぉ、瑠璃さんいい飲みっぷりだな」

「結局、女同士しか勝たん!」

「……一体どうした?」

「……瑠璃の話聞いてくれる?」

 

 セラさんは焼き鳥をもむもむと食べながら「まぁ、聞くだけなら」と返すと瑠璃さんはセラさんとキスしそうなくらい顔を近づけて、「あのね?」と話だすので、

 

「瑠璃さん、なんか目が怖いぞ……拷問が好きだった女領主と同じ目をしている……とりあえず餃子を頼んでいいか? あとビールも」

「瑠璃もウォッカのソーダわり」

「そのペース大丈夫か……」

 

 セラさんの言葉の何処に問題があったのか分からないが、瑠璃さんは「なんでそんな事言うの?」とか言ってくる。セラさんは滅茶苦茶睨んでくる瑠璃さんに、


「飲み過ぎじゃないか?」

「なんでセラもたっくんと同じ事言うの? なんでぇ!」

「たっくんって誰だ……」

「これ見て……」

 

 そら豆を頼み、それをつまみながら瑠璃さんの手首を見る。予想通りというべきか、リスカ痕。セラさんはそっとそのリスカ痕に触れると……

 

「小さき精霊よ。かの者の傷を癒したまえ。キュア!」

 

 ファアアアアア! と瑠璃のリスカ痕がみるみる内に消えていく。地球の魔素は扱いづらいので魔法はあまり使わないようにしているが、痛々しい傷を見せられると食欲が失せるので治したわけだ。

 

「えっ? リスカ痕消えた。モぅ、マヂ無理。たっくんに酷い事言われる度に瑠璃が残した生きた証なのに、マヂ死にたい」

「餃子のお客様ー!」

「あっ、はい!」

「!!!!???」

 

 セラさんは瑠璃さんが、普通に店員に対応して餃子を受け取っている事に理解が追いつかなかった。ビールを飲みながらえもしれぬ不気味さを感じていた。

 

「うーん、アシッドスライムに村人全てが溶かされて人っ子一人いなくなったポムド村に立ち寄った時みたいな気持ちだな」

「マヂ無理、どこそれ」

「まぁ、瑠璃さんには分からぬ事だ。で? そのたっくんとやらに何を言われたんだ?」

「たっくん酷いの。瑠璃が毎日ストゼロのロング缶六本だけしか飲んでないのに、飲みすぎとか」

「!!」

「ギャラ飲みでその変のオヂサンと飲んでると、やめてほしいとか」

「!!」

「あげくの果てにはたっくん、瑠璃がいるのに、妹の誕生日プレゼントを買うから付き合ってってデリカシーなさすぎ!」

「!!」

 

 セラさんは小皿に餃子のタレを入れてラー油を数滴垂らす。そしてちょんと餃子につけてパクリ。

 

「んまい! ここで追っかけビールだ! ふふっ、私も麦酒ではなくビールだなんて染まったな……ところで瑠璃さん。私はこの世界の事には疎いのだが、たっくんの言ってる事には正当性があるんじゃない……か?」

 

 瑠璃の表情を伺うようにそう言って見る。そして瑠璃の表情を伺うと、顔を真っ赤にして頬を全力で膨らませている。滅茶苦茶怒っているやつだこれというのがセラさんの直感。

 

「はぁあああああ! セラにたっくんの何が分かるわけ? なんで瑠璃が悪いの? いつもいつもいつも瑠璃ばっかり!」

「ちょ、静かに! 周りに迷惑だろう?」

「ほらまたぁ! セラもたっくんと一緒ぢゃん!!」

 

 セラさんはこれ程までに不味いビールは飲んだ事がない。どうにかしないといけないがセラさんが何か言う度に喚き散らかす瑠璃を止める術はなかった。

 

「もはやこれまでか……終焉の魔法でこの一帯を……」

「おい、セラ。お前。また迷惑かけてんのかゴラァ!」

「……その声は」

 

 そうセラさんはデジャヴした。かつて、周囲全てが魔物に包囲されもはやこれまでと思った時、人間以外の種族を認めない口の悪い聖女が同じようにやってきた事。

 

「聖女!」

「は? 元々おかしい頭をさらにアップグレードしたんか?」

「い、犬神ざぁああん!」

 

 セラさんは魔法で街全てを吹き飛ばす覚悟をしていた所、救世主犬神さんの登場に驚きを隠せない。犬神さんは比較的質の良い暮らしをしている。日高屋はどちらかというと激安チェーン店。

 

「犬神さんも日高屋来るんだな」

「あ? 軽く腹に入れるのにどこでもある日高屋は重宝すんだよ。俺もビール飲むか。で? 何迷惑かけてんの?」

「セラ、この人誰?」

「あぁ、申し遅れました。このセラが俺の家に住み着いてるから一応大家的な? 保護者? 飼い主か? の犬神です」

「あ、ウチは瑠璃です。よろしく……」

「で、君はなんであんな叫んでたの? このセラになんか言われたん?」

「ち、違うんだ犬神さん!」

「セラ、待て」

 

 犬神さんのビールが運ばれてくる。犬神さんは誰よりもお酒が好き、だから二人にこう言った。

 

「酒を飲むときはな? 誰にも邪魔されず 自由で なんというか救われてなきゃあダメなんだ 独りで静かで豊かで……」

 

 そう何処かで聞いた言葉を述べて喉を鳴らしてビールを呑む「うん、うめぇ」と犬神さんは満足した表情を見せて、「で? 説明」と、二人に一才主導権を握らせない。

 先程の話を瑠璃がする。いかに自分が可哀想でセラさんにも酷い事を言われたのか、

 

「餃子と春巻きお願いします」

 

 話を聞きながら、犬神さんは酢胡椒で餃子を食べる準備をする。パートの女性とアルバイトのJKは犬神さんを見て顔を赤くしながらテンションを上げて何か話している。餃子が運ばれてくると、それを一つ食べて、ビールで追いかけ、一言。

 瑠璃さんを見る目がセラさんを見る時と同じようになる。

 すなわち生ゴミでも見るような目で、

 

「めんどくせー女」

 

 セラさんが喉から何度も出そうになったけどなんとか我慢していたその一言を平然を犬神さんは言ってのけた。

 

「なんでそん……」

「黙れ、泣き叫んだら放り出すぞ? てか、さっき俺言ったよな? 呑むときはって? 俺は人様に迷惑をかける奴は女だろうが男だろうが関係なしに否定するのは」

 

 グイッとビールを飲んで睨みつける犬神さん、それはセラさんがやらかした時とは違う寒気のする視線。魔王と会敵した時をセラさんは否応なしにも思い出す。

 

「っ、〆のラーメン食って帰んぞセラ」

「は、はい!」

 

 静かにしている瑠璃さん、流石にビビったのかなと思ってその顔を見ると、涎を垂らしそうなイッた顔をして犬神さんを見つめている。

 

「犬神さん、しゅき!」

「は? 俺は こういう場所で迷惑をかける奴は嫌い。自分の意見をはっきり言える事は否定はしないが、自分だけじゃなく、他人の事も考えろや! もうガキじゃねーんだからよ」

 

 そう言ってズルズルとラーメンを食べて、犬神さんはセラさんと瑠璃さんの食事代も支払ってくれた。そんな突き放す犬神さんに瑠璃さんは余裕で惚れ、犬神さんと一緒に住んでいるセラさんを今後、目の敵とする事になる。

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