第17話 酔いどれエルフと葡萄狩呑み

「うぷっ……流石に食べすぎたな」

「もはや元は取った感ありますねぇ」

 

 特に寿司を暴飲暴食したセラさんと凛さんはお寿司で丸々としたお腹を撫でながら満足した顔を見せる。ダンタリアンさんはカップ酒を飲みながら、

 

「うーん、確かに美味かったねー! バスツアーのお兄ちゃんの顔が青ざめながら喰う寿司わさぁー! 本当に最高だったよ」

 

 そう言って苦笑するバスツアー関係者の男を見て嗤う。猛禽類のように縦割れしたパープルアイが妖艶に光るように、そんな三人を呆れ気味に見ているのはヴァンパイアのディアナさん。

 

「セラと凛ちゃん、食べ過ぎよ」

 

 とか言う彼女もウニといくら、大トロを中心に食べまくった。普段の会社員の給料では回転寿司でも中々行けないわけでこのバスツアー、5000円。血を啜るくらいの勢いで堪能している。

 

「みなさん、セラちゃん達のおかげでお寿司は楽しめましたか?」

 

 町内会長がそうマイクでアナウンスするので、町内のみなさんは、せーので

 

“楽しめましたー!“

 

 と答えてくれる。セラさんは、魔王討伐の旅の際、勇者が小さな集落をも守りながら旅を続ける事が少し不満だった。いわゆるトロッコ問題を勇者は許さない正義の男だった。全てを救う。それが不可能だという事を分かっていながら……されど、小さな集落の人々の感謝の言葉を聞いた時、セラさんも少しずつ考えが変わって行った事を思い出す。

 思えば昔の自分は冷たい奴だったなと……

 

「ふっ、私たちの行動は無駄ではなかったな」

 

 と今回のお寿司の件を同じ風に思っているが、正直かつての勇者パーティーに失礼である。そんな事は数百年生きたハイエルフのセラさんには全く感じていないのは人間ではない種族だからなのだろう。

 そしてハイエルフというか、食べ物が飽和していない異世界の住人故だからだろうか? 飲食に関しては随分執着するのだ。

 

「巨峰に瀬戸ジャイアンツにシャインマスカットも食べまくってやる所存だ!」

「うん、楽しみねセラ!」

「お寿司と違ってフルーツは別腹ですからねぇ」

 

 そんな風に楽しみにしている三人にダンタリアンさんはひょいと見せたお酒。そこには……

 

「萌え? なんだそれはダンタリアンさん」

「ちょっと! セラ、これあのいわゆるシャンパンってやつじゃないの?」


 そうダンタリアンさんは葡萄とのペアリングにシャンパンのモエ・エ・シャンドン モエ ロゼ アンペリアルを持ってきていた。

 

「5000円くらいから1万円くらいの手頃なシャンパンだぜぇ!」

 

 シャンパンでブドウを楽しむ。考えただけでも美味しいそれに皆、笑顔が漏れる。そしてバスはぶどう狩りの会場にたどり着くのだが……

 

「ブドウは一房ずつ食べてください。決められた敷地内の物のみですので気をつけてください。ではこちら鋏です」

 

 二人一組で鋏を渡され、入ったブドウ狩……入った瞬間にセラさん達はここは地獄か何かかと疑う。

 

「ちょっと。どのブドウも傷んでるじゃない」

 

 ディアナさんの言葉通り、どれも形が悪く、虫食いなどが酷い。そして見渡す限り、黒いブドウのみ……

 

「これが巨峰だというのか……」

「これセラさん、巨峰じゃなくてピオーネっぽいですねぇ。タネもないですし」

 

 プシュ、即席のテーブルにワインクーラーとシャンパンを入れるとダンタリアンさんはビールを開けてからみんなにウィンク。

 

「どうやら、この悪徳バスツアーはあーし達にブドウ狩を楽しませる気はないらしいね?」

「まぁ、せっかくですしぃ、少々傷んでても食べますけどねぇ」

 

 と手を伸ばす凛さんの手をセラさんが強く握る。

 

「食べちゃダメだ凛さん。それに町内会のみんな! こんな葡萄食べちゃダメだ! 私は今、怒りに打ちひしがれている」

 

 かつて、悪い領主がいた。お腹を空かしている人々に仕事を与え、たらくふ食事を与えてくれるというそこは領主の為の農園。騙されて連れて来させられた人たちは奴隷のように働かされ、食事も腐りかけの食材で作られたスープが日に一回だけ……

 その時の事と比べるのはあまりにもアレなのだがセラさん的には同じ気持ちになり、当時のセリフを叫んだ。

 

 

「バスツアー運営共! 貴様らの血は何色だぁ? もはや許しは要らん。屠さってくれる。魔法の母・超魔導士ドロテアが生み出した絶対破壊の魔法……ぐえっ!」

 

 ひょいとダンタリアンさんに首根っこを引っ張られてヒキガエルみたいな声を出すセラさん、振り返り文句の一つでも言ってやろうとしたところ、

 

「そんな事より、うまい葡萄食わね?」

 

 奥には袋に入った出荷用の葡萄がなっている。しかし……奥はルール上立入不可な禁止エリアだ。セラさんはバスツアー運営を皆殺しにする魔法を辞め、木々を成長させる魔法を唱えた。

 

「精霊王ツィタニアよ。我が祈りを聞き受け、母なる樹木を育てよ!」

 

 ニョキニョキと立ち入り禁止エリアの木が歪に成長してセラさん達、地獄の葡萄狩会場の方まで次々と伸びてくる。

 

「さぁ、みんな禁止エリアではないここにある袋に入ったブドウを食べようじゃないか!」

 

 もはやこれまでと思っていた町内会の人たちにも笑顔が咲いた。袋を開けると、美しく大きいピオーネはもちろん、巨峰、瀬戸ジャイアント、そして葡萄界のトップスター、シャインマスカットもあるじゃないか!

 

 一人一房のルールに従い、セラさん達は四種類のおそらく出荷用の形良し、味よし、色よしなブドウを並べて、シャンパングラスを掲げた。

 

「「「「かんぱーい!」」」」

 

 果樹園の中で呑むシャンパンは応えられなかった。そして氷水で洗った葡萄の冷たくて瑞々しくて美味しすぎる事この上ない。

 

「おいしー!」

「いや、うまいですねぇ!」

「ププ! セラちん、まぢで魔法とか使えんぢゃんウケるー!」

「本来魔法は反則だが流石に許せんだろう! しかし葡萄うまー!」

 

 シャンパンに葡萄、夕方なデザートタイムである。そしてデザートは別腹と言わんばかりに四人は次々に食べる。そして町内会の皆さんも品質の良い葡萄をシェアして心ゆくまで楽しんだ。

 

 範囲内にある葡萄は食べていいと言ったバスツアー関係者は顔面蒼白。本来食べれる筈のなかった高級葡萄をめちゃくちゃ食べられたのだ。それも出荷用、当然その請求はバスツアー関係者に向かう。

 そんな中で、学生の凛さんが、

 

「イソップ物語に酸っぱい葡萄って話があるんですけど、あれってまぁ、間違ってたって事ですかねぇ」

 

 狐が高い所にある葡萄を取れず、あれは酸っぱいに違いないと負け惜しみをいう話なのだが、シャンパンに酔いしれているセラさんからすれば、

 

「まぁ、私は? 酸っぱい葡萄でも喜んで食べるけどな!」

 

 だなんてビックマウスをぶっ込む。それだけこの葡萄狩りも満足したという事なんだろう。さらに葡萄に合うモエエシャンドンも美味しすぎて足を組みながらしばし優雅なひと時を過ごしているセラさんだが、ふとセラさんがダンタリアンさんにこのお酒も先ほどの獺祭に関しても、

 

「こんないいお酒、ダンタリアンさんはこの日の為に用意してくれていたのか?」

 

 人の人情や気遣いという物は世界を超えても変わらない物だなとセラさんは思ってダンタリアンさんの返答を待っていると……

 

「えー、犬ちゃんの部屋にあったやつテキトーに持ってきたけど?」

「えっ! それって……」

 

 魔王を勝手に飲み漁ってめちゃくちゃ犬神さんにブチギレられた事を思い出す。そしていい感じでお酒が回っていたセラさんだったが、段々と青ざめていく、凛さんとディアナさんは我関せずの表情で葡萄を食べている。

 結果としてセラさんができる事はダンタリアンさんに、

 

「な、何してくれているんだ! 絶対犬神さんに私が滅茶苦茶怒られるやつじゃないかぁ!」

 

 と涙目で叫ぶも後の祭り、犬神さんが特別な日に獺祭やモエエシャンドンを飲もうとしてそれらがない時、セラさんは詰められる事になる。町内会の一人が今回のバスツアー運営があまりにも酷かった事を動画に収めて拡散、炎上が最高潮になろうとしている時、セラさんはお酒を勝手に飲んだ事がバレて、ただただ土下座をして犬神さん許しを乞うていた。

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