第16話 酔いどれエルフと悪徳バスツアーの寿司食べ放題

 バスツアーは続くよどこまでも。


「アンパンマン作ったジャムおじさんって何者なの? 生命創造してんぢゃん」

「ダンタリアンさん、飲み過ぎだぞ。ちなみにジャムおじさんは妖精だ。ほら、ご飯だぞ」

「いや、でもジャムパンマンって存在しないんだぜ? あとアンパンマンの記憶保存してる部分って何処なんだ? なんか考えるとアタシ怖くなって来たんだけど」

 

 セラさん達、バスツアー一向の光の飲み友達は今回のバスツアーの最大の楽しみと言ってもいいお寿司食べ放題の場所へとやってきた。お寿司なんて高級品中々食べる事はないわけで、特に貧乏学生の凛さんと、社畜のヴァンパイアのディアナさんは、

 

「大トロ食いまくってやるんですよ」

「イクラとウニ、光物も生で行けるのかしら? 楽しみね。セラ、ダンタリアンさんに森永のラムネでも与えておきなさい」

 

 そう言って森永のラムネをポイと投げるディアナさん。それをキャッチしてセラさんは、

 

「ダンタリアンさん、口を開けろ。とりあえずこれ食べて酔いを覚ますんだ!」

「えぇ? 今から寿司食うのにぃ!」

 

 ボリボリ、バリバリとダンタリアンさんは食べて、ふぁああああああとお酒の酔いが冷めていく。これなんかヤバい薬なんじゃないかとセラさんはドン引きしていると全快したダンタリアンさんが叫ぶ。

 

「おっしゃ! 寿司か! じゃあ日本酒ぢゃん! という事でこいつを持ってきたぜぇい。獺祭の純米大吟醸じゃい!」

「「「!!!!!」」」

 

 一升瓶で5000円程の高級酒の登場にセラさん達と光の飲み友達はダンタリアンさんと獺祭の一升瓶にひれ伏す。一体普段何をしているのか、仕事をしているのかも一切不明のダンタリアンさんは割と羽振りがいい。あんまり彼女に深入りすると危なそうなので誰もそれ以上の事は追及しない。

 うまい酒が飲めるならそれでいいのだ。

 

 が、たかだか5000円の参加費用で寿司食べ放題に裏がないわけがないのである。ガヤガヤと町内会の皆さん達が騒がしい。

 

「なんか揉めてるみたいぢゃん」

 

 こんな楽しいバスツアーで一体何事かと思うと、お寿司の食べ放題の為に設けられたブースにずらりと人数分太巻きが用意してあるじゃないか! というのがセラさんの感想。

 

「町内会長さん、一体どうしたんだ? あれだけ楽しく始まったバスの旅だったハズだが」

「セラちゃん、それがね……」

 

 なんとこの寿司食べ放題。最初に用意した極太の太巻きを一本平らげないと他のお寿司を食べられないというルールらしい。最初から寿司食べ放題に以降したい場合は別途3000円を支払えば食べられると、どこにもそんな事は書いていない。町内会のみんなを楽しませる為に企画したバス旅行、町内会長が財布から二十人分の6万円を取り出して支払おうとしているのだ。

 

 ダンタリアンさんの瞳が細くなり、運営にヴァンパイアのディアナさんが不快な表情を浮かべ、やれやれという表情をした凛さん、そしてその町内会長の腕をぐっと強く握るセラさん。

 

「町内会長さん、そのお金を支払ってはいけない! これは、私がかつて勇者達と旅をしていた時、似たような事があった。やたら私達を歓迎してくれたのだが、いざ街を出る時にとんでもない金額をふっかけてきた領主がいた。よくみるとこのバスツアーの関係者の男。あの領主に似ている。普段、お世話になっている(迷惑をかけている)町内会の皆さんだ。今日は私が恩を返そう。この太巻き、私が処理する。そうすれば他の皆さんは寿司食べ放題を楽しんでもよかろう?」

「セラちゃん無茶だよ」

「これはプライドの問題だ」

 

 嫌な笑みを浮かべたツアー関係者の男は、

 

「そりゃ構いませんけどこの太巻き食べきれなかった分✖️3000円は払ってもらいますからね!」

「なんと卑怯な。しかし太巻き20本とは……魔法力が尽きかけた時にドラゴンゾンビと戦った時くらい絶望的な状況だな。いいだろう。エルフの意地見せてやる!」

 

 そうセラさんが憤った時、セラさんの肩にポンと手を乗せるダンタリアンさん達、そう光の飲み友が親指を上げて太巻きが並べられた席に座った。

 

「恵方巻きみたいなのが20本、一人5本ですね。セラちん、手伝いますよ」

「ちょっと、こんなの何本も食べられないわよ?」

「ウケるー! やたらやすい癖にウニとか食えるって、そりゃ裏あるよねー!」

 

 セラさんはそう言う光の飲み友達を見て、不思議と目から汗が……そう、あの時もそうだった。たった一人、魔王の下僕達と戦い、流石の戦力差に覚悟をした時、勇者、僧侶、戦士、魔法使い。皆が無言で共に戦ってくれた。

 

「何泣いてんですかセラちん!」

「これは凛さん、わさびが効いただけだ!」

 

 四人は黙々と太巻きを処理する。ダンタリアンさんは半分くらい食べたあたりで日本酒を飲み始め、もっもっも! と今年の恵方を向いてディアナさんが頑張って食べている。負けじとセラさんは二本目に突入。そして恐るべきは貧乏大学生の凛さん。

 

「ばくばくばくばく!」

 

 すでに四本目を食べ終え、一人当たりのノルマに達そうとしている。その様子にようやく一本食べ終えて、ケプっと可愛いゲップをしたディアナさんが、

 

「信じられないわね。どこにあの量が入るのかしら?」

「むぐむぐ、凛さんはいつも腹ペコでお酒を求めているからな」

 

 七本、八本と……目の色が変わっている。そして念仏でも唱えるように、

 

「コレ、タベレバ……ウニ、マグロ、タベホウダイ……」


 カタコトになってばくばくと食べ続けているのだ。そんな様子にセラさんは驚愕し、

 

「バーサーカーだ! 今や言語能力すらも食欲に変換して凛さん食べてるんだ! だが、バーサーカーになった者の末路はみな……」

 

 自らの身体が朽ち果てるまで戦うのだ。そう、勇者パーティーにいた戦士が死期を悟った時、自らをバーサーカーと化してセラさん達を進ませたのだ。

 

「ダメだ! アウディ! お前を一人ではいかせんぞ!」

「アウディって誰かしら?」

「セラちゃんってたまにヤヴェ奴から超ヤヴェ奴になるよねー!」

 

 そんな外野の声を聞き流してセラさんも猛然と太巻きに迫る。凛さんは既に十二本は太巻きを食べている。セラさんは三本と半分を食べ終えた。ディアナさんが頑張って二本、ダンタリアンさんが半分。

 そう、残り二本なのだ。

 しかし、とんでもない量の太巻きが胃袋に溜まっている。バーサーカーと化した凛さんと魔王と戦うくらいの気概のセラさんの手も止まる。

 そこで、ツアー関係者の男は再びニヤリと笑う。流石に二十本、食べ切れるわけがないと、セラさんも悔し涙が出そうな時、セラさんと凛さんの目の前に紙コップが置かれる。そして、ジョボジョボとそこに水のような液体が注がれる。

 

「本来は水十リットルに果糖四キロ入れるといいって漫画に描いてあったけど、あーしらの命の水はこれっしょ? 獺祭の大吟醸。裏返るぜぇ! さぁ二人ともやっちゃってー!」

 

 もうお腹いっぱい。いくらお酒好きとはいえ飲めない。飲めないはずなのに、普段飲まない高級酒に凛さんの手が伸びる。セラさんは凛さんが飲むならと手を伸ばす。

 そして……ゴクン。

 

「「んんっ!」」


 お寿司食べ放題会場に電撃が走った。心が死んだと思われていた凛さんとセラさんが最後の一本の太巻きにかぶりついた。そしてそれを乱暴に食べきり、ダンタリアンさんの食いさしの太巻きも処理して、太巻き二十本全て完食し切ったのである。それにはお寿司の食べ放題も満足するだけ食べた町内会の人たちはギャラリーとして二人に声援を送った。

 とても嫌な奴だったツアー関係者の男も、

 

「お二人には負けましたよ……」

 

 と握手を求めようとしたが、二人は立ち上がると、フラフラと何処かへと向かう。それにダンタリアンさんが一升瓶を抱え、「んじゃあーしらも行こうか?」「ダンタリアさん、ちょっとずるくないですかー!」とディアナさんも続く。

 

 そう、四人は誰もいなくなり片付けを始めようとしていた寿司食べ放題のカウンター席に座る。

 

「ウニ、イクラ、大トロ、四人前ずついただけるかしら?」

「あーしはまずイカから握ってよ! あとサンマの握りと、えんがわ、鳥貝なんかもいいね!」

「大トロ、十人前! あと大トロ十人前」

「私はそうだなぁ! とりあえずお任せで高級な奴を上から順番に握ってくれ! 実はこういうお寿司は初めてなんだ」

 

 四人はオーダーしまくった。凛さんとセラさんに至ってはあれほどまでに太巻きを食べたというのに、皆の紙コップにダンタリアンさんがどくどくどくと獺祭の大吟醸を注ぐ。

 

「じゃあ! あーしらの勝利に乾杯でもしとく?」

「もう、ダンタリアンさん全然食べなかったじゃない」

「いただきます。ダンタリアンさん!」

「ほふぅ、このお酒うまいな!」

 

 出されたお寿司を味わいつつも高速で処理して、獺祭を楽しむと、四人はカウンターに、

 

「「同じ物お代わり」」

 

 ネタが切れれば買いに行かせ、太巻きをあれだけ食べたのだ! 文句は言うまいな? という無言の圧力をかけてとにかく高級なネタばかり食べ続けた四人。

 

 悪徳ツアー業者の陰謀を打ち砕き。セラさんと光の飲み友達は時間の許す限り、普段食べられない高級なお寿司を堪能した。最初は町内会の人たちに暗い表情をもたらした今回のハプニングだったが、マンションのお騒がせな美人の四人がみんなに笑顔をもたらせた。

 なんなら初めて役にたったと言っても過言ではない。セラさんは異世界から来たとは思えないお箸使いでお寿司を食べ、時折箸休めのガリ、そしてダンタリアンさんが用意してくれた高級な日本酒。獺祭の大吟醸をごくり、

 

「ふぅー! バス旅行最高じゃないか! 犬神さんも来れば良かったのに」

 

 と満足げなセラさんだが、犬神さんはこの時、仕事の依頼主のご厚意で一見さんお断りの超高級料亭で食事をご馳走になっていた。

 お寿司の食べ放題の時間が終われば次はこのバス旅行における最終目的地となるぶどう狩りへ行く事になる。当然セラさんと光の飲み友達は葡萄でも一杯やるつもりであり、ダンタリアンさんは葡萄にあったお酒も準備している。

 しかし、四人はお寿司があまりにも美味しすぎて既に忘れているのである。このツアーが中々に悪徳であるという事。

 次なる戦場、ブドウ狩りでも町内会の人たちを苦しめるトラップが待っているのだ。

 最後に赤ダシ飲んでしばしの休息を楽しみ、セラさんと光の飲み友達はこのバスツアー最後の戦いに向かう事になる。

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