第13話 酔いどれエルフとラーメン屋台 光の呑み友8 占い師のリリィ・スーン登場
最近の日本人にとって珍しくなってきた屋台。始まりは夜泣きそばだったとか色々言われているが、実際の日本の屋台の歴史は戦後からの物が多い。
それも突き詰めていけば闇市が発展して今に至る。
そんな屋台に懐かしみを覚えるのが、夜中にむくりと起き出して、もそもそと犬神さんの仮眠用に元々使われていた簡易の折りたたみベットを片付け、外に出る準備をするハイエルフのセラさん。
玄関に張り紙が貼られているのでそれをセラさんは声に出して熟読する。
「セラへ。明日、早いから何があっても迎えには行けないから程々に飲め? 犬神さんめ! 全くこちらとら数100年生きているんだ! 子供扱いはやめてほしいぞ!」
玄関を出るとセラさんはルンルン気分でスキップをする。
お財布を持って本日はおでんにしようか、それともモツ煮か、いやいやここは……やはり、
「最近夜は冷えてきたからな! 小腹もいい感じに減ったしラーメンと洒落込もう」
セラさんは女性の一人飯、一人飲みに関して躊躇がない。
てくてくとおでんの屋台が出ている道に向かう。そんなセラさんは突然声をかけられる。
そう、本日のトラブルメーカーもとい光の呑み友登場である。
「そこなお人、少しお話を聞いていかんかね?」
数百年生きたセラさんは、幾度となくアサシンの類に襲われた事もあったが、それらが気配を消そうとセラさんは逆に相手の背をつける程の実力だった。そんなセラさんが虚をつかれたように振り返ると、顔を隠した恐らくは女性。
「貴女は何者だ? いつからそこにいた? 今通った時にはいなかった」
「いつからぁ、いなかったと。思い込んでいたんかね?」
「!!!」
セラさんは、一気に距離を取ると、最速で魔法を詠唱し、構える。それだけじゃない。この相手は魔王軍幹部クラスのプレッシャーをセラさんに与えた。
しかし、そんな自分の顔がニヤけているのはつくづくエルフなのだなとセラさんは相手を評価した。
(こいつ、できる!)
「もう一度だけ聞く! 貴様、何者だ!」
「奇跡の大占い師、リリィ・スーンよ。さぁ、ここで出会ったのも運命。座って座って」
「占い師? そんなバカな! それと私は占いとかいかがわしい事には関わらないようにしているんだ」
「まぁまぁ、そう言わんと。ほら、アチャール好きやんね?」
「いえ、別に……アチャールってなんだよ。それに私の何を知っているんだ」
「見える! 見えるぅ!」
無理やり座らされたセラさんの前で水晶を前に、難しい表情をしてリリィさんは占いを始めた。それはそれはちょっとハッピーターンの粉でもキメたみたいな顔をしているリリィさんに思わずつっこむ。
「全く何が見えると言うのだ。私の世界にもお前みたいな奴はいたが占い師という連中は基本、数打てば当たるで大予言者になりたがる奴が多かった。お前もその類だろ?」
「……おそらくは人ならざる者よ。謝罪の相が色濃く出ている。最近、いやほぼ毎日同じ人に謝罪しているんじゃないか?」
「そんなバカな人がいるわけないだろう! それも叡智の種族の中でもハイエルフの私がだぞ? ……いや待てよ」
と思ったが、セラさんは主にお酒が原因で毎日ほぼ間違いなく犬神さんに謝罪している事を思い出した。
「図星かね? そしてその人物に依存している。違うかね?」
「……しています。まさか、リリィさん。貴女は本物の……」
「とはいえ、心のどこかでは今の関係を終わらせなければならないと思っている。思っているが、お酒に逃げる。それ以外の道を知らない」
間違いない。この人物は本当に大占い師なんだ! とセラさんは驚き、こくりと頷く。いつか来るであろう犬神さんとの別れ、笑ってお別れする事ができるだろうかと思うと、目頭が熱くなる。
なんだかんだで犬神さんはいい奴だ。控えめに言ってもあれだけ迷惑をかけて見捨てない犬神さんは聖者か何かかもしれない。そんな風に勝手に感動していたセラさんに投げかけられた闇のスペル。
「そのホストに貢いでも何もいいことはない」
「ホスト? んん?」
セラさんがぽかーんとした表情でそう聞き返すので、リリィさんは慌てて、
「コホン! 英語で主人や主催などという意味だね。決して、ホストクラブのホストじゃないわね」
目が泳ぎながらそう苦しい言い訳をしているリリィさんにポンと手を叩くと、セラさんは、
「犬神さんは家主だからな、なるほどホストか! いい言葉を聞いた。リリィさん、それじゃあ!」
手を振って離れようとするセラさんの腕をぎゅむっと掴む。その握力や、ギガントに体を握られた時を思い出す。振り解く事はできそうにない。恐る恐るセラさんはリリィさんを見て尋ねる。
「な、なんだ?」
「占い料」
「リリィさんが勝手に占ったんじゃないか!」
「警察。呼ぼうかね? 人ならざる者は、警察の厄介は困るんじゃないんかね?」
「……くっ、卑怯な。いくらだ?」
「5000円」
「たけぇ!」
仕方がなく、5000円札を支払うと、「まいどー!」と笑顔で手を振ってくるのに少し殺意が湧いたセラさんだったが、気分を変えてラーメン屋台へ、
屋台の文化……
暖簾をくぐる。
「親父さん、お久しぶりだ」
「おや、セラさんかい? 久しぶりだねぇ。今日のお客さんは美人ばっかりでおじさん照れちゃうなぁ!」
「ほぉ」
とセラさんが離れた席に座る女性を見る。エキゾチックな雰囲気をした褐色の美人。どこかで会った事があるような気がしたが、屋台での人は詮索しない。自分の事は言えた義理ではないが、人に言えないような連中が紛れているのだ。
「親父さん、チャーシューとメンマ、煮卵にビールだ」
「あいよ」
そば前文化という物がある日本をセラさんは心からリスペクトしている。ラーメンもラーメンの材料がおつまみとなり、酒を煽る。シメにラーメンだ。
速攻で出てきたチャーチューとメンマ、煮卵を前にセラさんのグラスにとくとくとくとビールが注がれる。
最初の一杯目を親父さんが注いでくれるのがまた嬉しい。
「親父さん、私の奢りだ! 一杯やってくれ!」
「いただきます! こんな美人にお酌してもらって夢でも見てるんじゃねぇか?」
「親父さん達の世界ではフォックスにつままれるというんだろ? 安心しろ! 私はハイエルフだ!」
「あんまり変な事して、あの目つきの兄ちゃん怒らせねぇようにな! 程々に飲みねぇよ?」
「あはは、ダイジョーブだ! 私は節度は持っている方なんだ!」
そう言ってドンと胸を叩くセラさんに親父さんは苦笑する。何度そう言って失敗しているのやらと、思っているとセラさんが、
「親父さん、明日もここでやっているのか? 犬神さんやマンションのみんなを連れてこようと思うんだが?」
親父さんは空を見あげてから、少しばかり難しい顔をする。親父さんは昼間はお店でラーメン屋を営んでいる。こうして夜もたまに屋台を出しているのだが、年をとってきてから屋台を引くのも疲れてきた。
少しずつ、自分はフェードアウトしていく。もう自分の時代は終わったんだと親父さんも感じていた。だがしかし、ラーメン屋一筋でやってきた親父さんからすればみんなで来てくれるってのは最高の褒め言葉。
「明日、雨だったらちょっと出せないねぇ。そうだ! リリィちゃん、明日の天気でも占ってくれないかい? 気休め程度だろうけどさ。修行中の身だから占いは無料なんだったよな?」
「ブッ!」
セラさんの真逆でラーメンを啜っている女性が盛大にラーメンを吹いた。セラさんはその名前を知っている。というかさっき高額の占い料を払ったばかりなのだ。
「ん? あ! さっきの占い師か! 私からは確か5000円の占い料を払ったろう? どういう事だ?」
リリィさんはラーメンの麺を啜り、スープを飲み干すと、口にナルトをつけたまま。遠い目をして語り始めた。
「人違いです。恐らく、それは私の双子の姉、ルルゥ・スーンでしょう。今は宇宙の彼方で地球圏制圧を目論んでいるシオン公国との戦争に……」
「いや、絶対にさっきの占い師に違いない。私の5000円返せ!」
セラさんにそう言われると、リリィさんセラさんの耳元で「飲食代私が持ちますよ」と耳打ちした後に、親父さんに「親父さんビールを2本」と
「あいよ」
うー! と威嚇しているセラさんにビールの瓶をトンと差し出す。何事かとセラさんはリリィさんを見ていると、うんうんと頷いて、「まぁ飲もうね?」とお酌をされる。「まだ、私が頼んだ物が残っている」というのにお構いなしに「セラさん、と言ったね? 今日は飲んでいい日の相が出ている。さぁ!」
「そうか? なら、いただきます! プハー! うまいな! リリィさんだったか? ほら貴女も一杯」
「ありがたく頂こうかね?」
なん度か返盃を繰り返し、いい感じにセラさんが回った時、セラさんは目の前に頼んだラーメンがある事に気づく、そしてリリィさんに返盃しようとした時、
「あれぇ? リリィさーん? 親父さん、リリィさんは?」
「もうだいぶ前に帰っちまったよ。それよりセラさん、大丈夫かい? 一人で家帰れるかい?」
「らいじょーぶ、らいじょーぶ。マンションはすぐそこらんら……」
「そうかい、ならいいけど、ラーメンとビール3本と、おつまみで3500円ね」
「え? あれ? えー、まぁいいか、10000円でお釣りをお願いするぞ」
「まいどー」
なんだか釈然としない気持ちでセラさんは家路につく、そして忘れた頃にまた屋台に向かう際に、占い師に出会う事になる。
光の飲み友、リリィさんによる受難はまだまだ終わらないのだ。
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