第12話 酔いどれエルフと弁当晩酌

 犬神さんの朝は早い。5時に起き、1時間ランニング、朝食は取らずにプロティンで済ませて朝活に勉強や自己投資。残りの時間で洗濯などに使い、9時頃にコアワーキングスペースやカフェなどに出掛けていく。

 なぜなら……

 

「皆さん、久しぶりだ! 今日はご当地ビールで47都道府県を制覇していく第一回になる! もちろん北海道からだな! 私は北海道という場所を知らないがたいそう大きい場所らしい」

 

 という感じでセラさんの配信がスタートするからなのだ。今回はどこに需要があるのか分からないが、日本全国のビールを紹介していくという内容。北は北海道から南は沖縄まで47回かけて紹介していくつもりらしい。

 セラさんの配信は夜に行われる事が多い。が、土日祝は昼一回、夜一回みたいな形を取る。セラさんの見てくれに誘われて中身を知らないリスナー達は美人でどこか少し抜けているセラさんとライブ飲み会を楽しみにしている。

 

「じゃあ、夜には青森のビールが届くハズだ! みんな、晩にも見にきてくれ! ゴォドバイ!」

 

 エルフの別れの言葉と最後に投げキッスをするセラさん、これはエルフ達の別れの挨拶として普通なのだが、これがあざと可愛いと若干人気だ。

 配信が終わるとコメントチェック、冒険者からネオニート配信者に変わったセラさんは順応が早い。

 

「またこのアンチコメントの奴か……なになに? いい年してエルフのコスプレとか痛い? ガチエルフなんだがな。まぁ、それにしても今年で私いくつだったっけ? 503号室のディアナさんより若いけど500歳を越えたあたりから数えるの面倒になったんだよな。おっ! カレンダービールセット送っておきました! いつもポンタさんは優しいなぁ」

 

 リーン・ゴーン!

 

「おや、誰か来たな」

 

 コメントに一喜一憂していると、インターフォンが鳴る。覗き穴を覗くとそこには302号室の貧乏学生凛さんの姿。扉を開けると凛さんはセラさんにビニール袋を見せる。

 

「おや、凛さん、どうしたんだい?」

「セラちーん。こいつを一緒に食おうと思ってサ。私の奢り、セラちんは酒を奢ってくれ」

 

 こいつ、犬神さんの部屋に酒呑みに来やがったなとセラさんは思うが、犬神さんは大事にしているお酒以外は何を飲んでも構わないと言っていたのでセラさんは「ま、まぁ上がってくれ」とリビングに凛さんを迎える。

 

「一体何を買ってきたんだ?」

「ベントーだよ! 1日の食費200円の私からすりゃ高級弁当さ、セラちんの分もほら! お酒はなんでもいいよ安飯だから安酒で!」

 

 犬神さんは元来、安いお酒を主に飲まない。だが、お酒好き故に新製品の類は必ずチェックしている。そして凛さんみたいな来客用にもお酒は備蓄してある。

 

「第3のビール。本麒麟なんてどうだ?」

「いいねぇ! いいチョイスだ! じゃあレンチンして食べようじゃない。揚げ物はシェアしよう」

 

 なんだと! と思って弁当を見てみると、それはのり弁。しかし一方はコロッケが二つ、もう一方はアジフライが一つ。凛は綺麗にアジフライを半分にコロッケ弁当の方に、コロッケ弁当のコロッケを半分になったアジフライ弁当に、

 

「いささか寂しいお弁当だな、インスタントの味噌汁でも用意するか?」

「ノノン! セラちん、調味料を! マヨネーズとかソースとかさ」

 

 冷蔵庫のマヨネーズ、ソース、ケチャップ、タバスコ、そしてトリュフ塩、七味なんかも用意すると、凛はお箸を指揮棒のように動かし目を閉じる。

 

「聞こえる! 聞こえるぞ薬味の精霊達の声が」

「私には全然聞こえんぞ? というかこの世界に来て精霊の声聞いた覚えがないが……」

 

 開眼した凛さんは片手で本麒麟のプルトップをプッシュと開けるので、セラさんも続く。

 コツンと缶をぶつけて

 

「乾杯セラちん」

「あぁ、乾杯。凛さん」

 

 ゴクゴクゴクと飲み、普段飲んでいるビールも美味しいが、これはこれで美味しいなと思ったセラさんに凛さんが話す。

 

「この激安弁当。これら調味料を駆使する事で無限のバリエーションを誇るおつまみに変わるんだ。私のアレンジにセラちんはついて来れるかい?」

 

 セラさんは、この時魔法理論を思い出していた。無限にある点と線を繋いで行き、あらゆる可能性、答えを導き出す。そして不敵に笑った。

 

「面白い! その挑戦! 受けてたとう!」

 

 セラさんがのり弁にマヨネーズをかけてマヨネーズご飯。それをパクリと食べて本麒麟をゴクリ。

 

「王道にして終局のおつまみ、マヨネーズご飯か、いいのかい? そんなに飛ばして、私はそうさな? この端の沢庵を」

 

 器用にのり弁の海苔とご飯の一部をお箸で摘み上げそこに付け合わせの沢庵とマヨネーズを巻き込む。

 

「見事! 即席サラダ巻きか! マヨネーズ返しとは……いささか驚いたぞ凛さん、不滅の森の主。リッチーキングとやり合った時のように肌が粟立つ」

 

 セラさんが成仏させたアンデット系ボスモンスターも200円の弁当と同義にさせられれば浮かばれない。セラさんはアジフライにトリュフ塩をかけて、かぶりついた。

 

「うん! この和のフライにトリュフ塩の洋食っぽさが、貴賓溢れる一品に変わるな」

 

 お互い二缶目に突入する中でコロッケにソース、ケチャップ。まさかの漬物にタバスコが合うなど発見をしながらいつしかお互いの食べ方を検討し、健闘し合う会に変わる。

 弁当一個食べるのに、本麒麟三缶を消費し、満足気に二人は無言で握手してシメのガリガリ君を食べていると、犬神さんが部屋に戻ってくる。

 

「あっ、お邪魔してます! あとゴチになってまーす!」

「凛さん、いらっしゃい。あー、飯食い終わった感じ? 今からなんか食べようかと思ってたんだけど? よければ凛さんも」

 

 二人のお腹は一杯、流石にロング缶3本はやりすぎたなと、

 

「お気持ちは嬉しいですが、大丈夫です」

「私もだ犬神さん、何か犬神さんも腹を満たしてくれ」

 

 という二人に犬神さんは微笑む、「そっか」といつもの感じで冷蔵庫に向かうとプレミアムビールを取り出してそのプルトップを開ける。そしてスマホで電話をかけた。

 

「もしもし、注文いいですか? あー、はい。全然大丈夫。特上に肝吸い付きで、はいはい。お願いします」

 

 凛さんは開いた口が塞がらない。そしてセラさんはかつて魔王軍幹部と戦った時、薬草を使い果たし、次ダメージを負った時はパーティーメンバーの誰かが死に至るという覚悟を決めた時、仲間のおっちょこちょいな戦士の女の子が実は聖女でどんな回復魔法でも使えるとカミングアウトしてきた時を思い出した。

 もっと、早く言ってくれよと……

 

「まさか、なんでもない日に犬神さん、鰻とか食うのか?」

「あ? あぁ、別にいいだろ。お前は鰻を食うのに理由が必要なのか?」

 

 セラさんは思い出した。数百年前、かつて勇者に何故、人を嫌うハイエルフのセラさんが自分たちを助けてくれるのか? そにれ対して誰かを救うのに理由が必要なのか? 百年くらいかけて考えていたカッコいい台詞を鰻食べる時に使われて、何故かセラさんは泣いた。

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