第11話 酔いどれエルフと屋台のおでん 光の呑み友7 怪異メリーさん登場

 日本にはおでんがある。

 それも不思議な事に各都道県にそれらは存在し、その姿形を変え、そしてどれにも言える事は美味いという事。セラさんはかつて勇者達と冒険していた時、七色の空がある場所や、最強の生物ドラゴン達の住まう山脈、実に色々なところを訪れた。

 もう世界の端から端まで冒険しきったのだ。

 そんな冒険の日々を終えて隠居し日銭を稼ぐハイエルフの冒険者となってから長らくこの気持ちを忘れていた。

 世界のあらゆる知己を知り尽くしていたハズのセラさんが、何度でも挑めてしまう姿形の変わるダンジョンのように……

 

「ほふぅ、おでんは飽きないなぁ」

「セラさん、でもウチらの方面やと関東炊きって言うんやで」

「ほぉ、名前まで変わるとは水晶洞窟のようだな」

「どこやねん! というか何の話やねん!」

 

 セラさんは今、洋服を来たお人形のような綺麗な女性と並んで狭い屋台のおでんを楽しんでいた。

 店主の親父は時折おでんのタネを追加して、話しかけられたり注文を受けなければ無駄に口を開かない。屋台の格式を守るような店主。

 

「親父さん、おでんの三種の神器、いただけるか?」

「なんやねん三種の神器って?」

「こんにゃく、がんも、ちくわぶだ。知らんのか?」

「ちび太のおでんの事かいな! セラさん、アンタ間違ってんで! そら、はんぺん、ボール、なるとやろうが? なぁ?」

 

 二人は三角、丸、棒状のおでんのタネを前に、屋台の定番酒、ワンカップ大関を飲み干していた事に気づき、

 

「おや、お酒が切れてしまった。メリーさんも飲むか?」

「当たり前やろ! 親父、燗つけやで」

「へい」

 

 セラさんは常温派なのですぐに店主がセラさんにワンカップを出す。それを受け取り蓋を開けるとセラさんは口につけて、

 

「しかし、メリーさん。犬神さんに会いたいなら会いに来ればいいじゃないか? 普通に会ってくれると思うが?」

「はぁああああ! そんなん無理に決まってるやん。恥ずかしくてウチ死んでまうわ!」

「……いや、メリーさんが本来取り憑いた相手を死に至らしめる怪異だろ?」

 

 今回、セラさんが一緒に飲んでいる相手は、都市伝説の怪異。メリーさんである。光の飲み友というには闇に住んでいそうな彼女は、犬神さんにほの字である。というか本日はメリーさんに呼び出されてセラさんがおでんの屋台で一杯つけているのだ。

 ガンモを食べやすいサイズにつまんで口に運ぶセラさんは幸せそうな顔をする。

 

「まぁ、私は飲めれば別に構わないが、うん! このがんも染みてて美味いな。ここで駆けつけ一杯だ」

 

 ひょいとワンカップを口につけてしばらく目をつぶる。おでんの出汁とカップ酒が織りなすなんとも言えないマリアージュ。

 

「メリーさんは毎回イタ電しているんだろう? 電話代は大丈夫なのか?」

「イタ電言うなし! ウチに電話されてだんだん近づいてる事に恐怖を感じる人間達の恐れを食ってるんや……それが最近やと電話した相手にどんなパンツ履いてるん? とか聞いてくる連中おるんやで! セクハラやろ! 犯罪や!」

「いや、イタ電も犯罪だと私は思うぞ。親父さん、卵をもらおうか?」

「へい、お連れさん、燗。できましよ」

「あー、ありがと親父」

 

 エルフがいても怪異が来てもおでん屋台の店主は動じない。それが時代を生きてきた貫禄なのかもしれない。

 ちんちん(熱々)に熱く温められたワンカップで火傷しないようにメリーさんは啜るように飲む。

 

「かー! やっぱこれやわ! たまらん!」

「そんな恐れを食らうメリーさんも犬神さんの前では借りてきた猫だからな。あれは間が悪かったな。犬神さんの株主優待で牛肉が送られてくる日、マンションのみんなとすき焼きを囲んでいた時に電話をしてきたものだから」

 

 そう、犬神さんはセラさんの友達だと勘違いし一人、二人変な奴が増えたところで問題ないと「私メリー、今貴方の部屋の最寄駅にいるの」という言葉に対して「今からすき焼きだから早く来なよ」と返したわけだ。

 

「いやぁ、メリーさんが来るってよ! と言われた時は私もちんぷんかんぷんだったからな!」


 卵を前にセラさんは和がらしをたっぷりかけて口に運ぶ。そしてワンカップでと

 思った時、からしの量を失敗した。

 

「いぃいいい、つーんとした! これがまたたまらないな!」

「からしつけすぎやん! 私メリー、今貴方の家の前にいるの! に対して犬神さん、すぐに駆けつけるからそこにいて! やで! そんなん惚れるしかないやん!」

「そ、そうだったか? 私の記憶では、あー、オートロック開けたからどうぞ。という気だるい感じだったと思うのだが、しかも犬神さんの後ろに立ったのにめっちゃ声小さくなってたしな」

 

 きゅっと熱燗を飲み干すと、

 

「親父さんお代わり!」

「へい」

 

 ガンとワンカップ大関の瓶を叩きつけて、メリーさんは、

 

「だってぇ! 犬神さん、ウチがいつの間にか後ろに立ってるのに紙皿とコップと割り箸用意してご馳走に参加させてくれたんやで! こんなん結婚しかないやん! どうなん? セラ、犬神さんってウチみたいな女の子好きかなぁ?」

「そもそも、メリーさんは女の子というカテゴリーなのか? まぁ、私や他のマンションの住人よりは犬神さんからの心証は良さそうだけどな」

 

 洗い物まで手伝って帰って行ったメリーさんの評価は実際犬神さんの中では高かった。そんな事を言われると舞い上がるメリーさん、

 

「し、しかしだ。親父さん、もういっぽん」

「お客さん、飲み過ぎだ。流石にもう帰んな」

 

 ピラミッドのように積み上げられたワンカップ大関、セラさんの目はぐるぐると回っている。メリーさんの奢りだからだと中々恥ずかしい飲み方を見せたので、メリーさんは聖徳太子の一万円札を2枚取り出すと、

 

「親父、お釣りはいらんわ! セラ連れて帰るわ! ご馳走さん」

「まいど」

 

 メリーさんはヤレヤレといった感じでセラさんを連れてセラさんの住む犬神さんのマンションに向かう。

 

「というかこれ、犬神さんにめっちゃ会うやつやん……どうしよ。化粧崩れてへんよな? 飲みすぎてむくんでへんかな?」

 

 とかそわそわしながら、オートロック前のインターホンを押すかどうかでオロオロしていると、

 

「セラ! あと、確か君はセラの友達の……メリーさん」

「は、はひゃああああああ! い、いぬが……」

「あ、その馬鹿タレ。また酔い潰れるまで飲みやがったか……すんませんね。ウチの居候が、なんか迷惑かけられてないですか?」

「ぃ、ぃぇ……」

「そうですか、メリーさんも飲まれてたんですね? 今から夜食にお茶漬けでも食べようかとコンビニ行ってたんですけど、時間あれば一緒にどうすか? シメ代わりに」

 

 メリーさんは、心底、セラさんが酔い潰れてくれてありがとうと四回はお礼を言って、犬神さんの作る普通の永谷園のお茶漬けをご馳走になる。

 

(これ、お家デートってやつやん)

 

 違いますが、都市伝説の怪異メリーさんは今日のお茶漬けはやたらポカポカ温まるなとただただ静かに犬神さんを見つめて夜が開ける前にお暇した。

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