第7話 酔いどれエルフとBAR呑み 光の呑み友4 バーのマスター登場

「いらっしゃいませセラ様」

 

 犬神さんとセラさんが住むマンションから歩いて5分の所、高架下にあるバー、“バッカス“は大抵常連として同じマンションの誰かがいたりする。

 

「いらっしゃいましたぞマスター!」

 

 本日、そういえば犬神さんが、ボトルを入れてたから適当に飲んできていいと言われてマンションの部屋を追い出された事が事の顛末である。こういう時、犬神さんは友人などを部屋に招く場合が多く、セラさんも快諾して部屋を開ける。居候させてくれているだけでも感謝なのに……この上、そこそこいいお酒が飲めるとなれば願ってもない。

 真っ直ぐに向かって今に至る。

 

「犬神さんのボトルキープがあると聞いたのだけれど」

「犬神様……この前入れられた物ですね。こちらです」

 

 セラはこの世界の語源を学び、殆ど極めた。日本語は難しい言語だと聞いていたが、様々な魔法や多種族の言葉を取得したセラさんからすれば容易だった。

 そしてマスターが差し出したその銘柄を読む。

 

「しーぱぁすりぃがぁる。みずなら」

「えぇ、飲み方はどうされますか?」

「まずはストレートで!」

 

 フッと笑うマスター。いつも犬神さんがウィスキーを飲む時に言うセリフをセラさんが真似た事に気づいた。そしてテイスティンググラスにそれを注ぐとセラさんの前にトンと置く。

 

「お待たせしました」

「頂きます!」

 

 まず甘い香り、蜂蜜風味の飴のような、そして続いて柑橘類などを思わせるフルーティーさ、慌てずにセラさんはそれを口に含むと、香りに負けない甘さ、素の度数が高いスピリッッらしく焼けるようなピリリとした刺激、そして鼻から抜ける物はややビターな味わい。

 

「お、美味しいよマスター! 犬神さんの真似してただけなんだけど!」

「犬神さんはブレンデッド系のウィスキーがお好きですからね。こちらのシーバスリーガルはジョニーウォーカーやバランタインなどと並ぶ、有名なブレンデッドです。そんな中でもこのミズナラは日本限定のシーバスリーガルなんですよ!」

「酔いどれ専用って事なのか??」

 

 その発言にマスターは苦笑する。確かにセラさんを含めてこのお店の常連達は酔いどれな人が多いが、日本人=酒カスというわけじゃないし流石にそれはシーバスリーガルに失礼極まりない。そんなセラさんみたいなお客さん相手でもマスターは微笑で変わらない接客。

 バーテンダーの鑑である。

 

「次の飲み方、お選びしてもよろしいですか?」

「もちのロンだよ。マスターも一緒に飲もう。犬神さんならきっとそう言うと思うんだ!」

「犬神さんは本当にお酒が詳しいですからね! ではお言葉に甘えて私もいただきます。シーバスリーガルのミズナラはやはりハイボールでいただくのがベストだと思います」

 

 案外ベタだなとセラさんは思う。そしてセラさんの狭い世界の中ではハイボールといえば角瓶。居酒屋のとりあえずビールの代用品くらいに思っている。

 しかしバーにもよるが、居酒屋のように角瓶のハイボールを出すより他の銘柄のハイボールをお勧めしてくれる事が多い。

 セラさんの目の前で氷を沢山盛ったグラスにシーバスリーガルのミズナラを注ぎ、氷を持ち上げるように二回ほどステアし、オレンジの皮を飾るとセラさんの手元に持ってくる。

 

「お待たせいたしました。シーバスリーガルミズナラのウィスキーソーダ。ハイボールでございます。では乾杯しましょうかセラ様」

「乾杯だ!」

 

 コツンとグラスを合わせて一口。マスターの飲み方を見ているとあの居酒屋のような喉を鳴らして飲むという飲み方じゃない。ゆっくりと一口を楽しんでいる。セラさんは半分近く一気に飲んだ自分のグラスを見て……

 

「うーむ。ハイボールはカクテルじゃないと心のどこかで思っていた自分がいたな。このハイボールは……美味い! なんというか普段私が飲んでいるハイボールってなんだったんだ? って思うほどに」

「ふふふっ、恐縮です。バーのハイボールと居酒屋のハイボールはそれぞれいい面をもってますよ。そもそもお酒の飲み方に優劣なんてありません。ですが、当店を選んで来ていただけるお客様には最高の一杯をと考えております」

 

 マスターの話してくれるお酒の話はセラさんも納得の内容だった。高級な大事な時に呑むワインと普段の食事でみんなとワイワイ食べる時に出すテーブルワインとでは役割が違うという事。

 それと同じで、

 

「お一人や大事な方とのひとときを楽しみたい時には当店でハイボールをご注文いただければと」

「もちろん是非行くとも! 今日はお客さんが誰も来ないからマスターを独り占めできるしな。マスター、ハイボールお代わりだ!」

「かしこまりました」

 

 セラさんは普段犬神さんに聞くお酒の蘊蓄とは違ったマスターの面白いお酒の話を楽しみながら、シーバスリーガルのミズナラを飲んだ。

 というか飲みまくった。バーの飲み方にしては少しばかりスマートじゃない飲み方で、新品で犬神さんが入れていたシーバスリーガルのボトルを半分以上飲み干した結果。

 

「ぐーぐー……ふぉー」

「セラ様、セラ様、起きてください。タクシーをお呼びしますね?」

 

 やはりというべきか、バーにきて欲しくない面倒な客に成り下がる。ペースを考えずに人のいれたボトルキープを何も考えずに飲んで打ち倒れたセラさんに苦笑しているマスター。

 そんな折、からガランと店の扉が開かれる。その来訪者を見てマスターの頬が緩む。友人も帰り、セラさんの様子を見に来たのだ。

 

「いらっしゃいませ犬神さん」

「ちわっす。あ、セラやっぱウチ倒れてやがる。めっちゃ迷惑かけてほんとすいません。うお! しかも俺の入れたボトル殆ど飲みやがったなこの酒カス。同じ物また入れてといてください。今日はこの酒カス連れて帰りますわ」

「今タクシーを呼んだところですよ。その間、何か作りましょうか?」

「そっからそこまでなんですけどね……まぁいいか」

 

 残り少ないシーバスリーガルのボトルを眺めながら犬神さんは「そうさなぁ」と考える。セラさんの知り合いの中で唯一酒カスではない飲み友、マスターに勝るとも劣らない酒の知識を持ちながら、バーテンダーを試すような注文をするわけではなく、バーテンダーが喜んでその腕を奮いたくなる注文をする。

 

「じゃあ、こいつの代わりにこのシーバスでシメのペニシリン作ってもらえますか?」

「かしこまりました」

 

 蜂蜜と水を混ぜ絞った生生姜に砂糖を加える。それらをシーバスリーガルミズナナラ、そしてシングルモルトのウィスキー、レモン果汁をシェイカーに入れてシェイク。店内のジャズとマスターのシェイキングをBGMのように楽しみ、オールドファッショングラスに注がれたそれを一瞬だけ恋人でも見つめるように犬神さんは見つめてそれを口に運んだ。

 

「うん、美味しいです。さすがわマスター」

「恐縮です」

 

 タクシーがやってくるその瞬間まで犬神さんはバーを雰囲気ごと飲み楽しみ、そして「グゥグゥ!」と言うセラさんのいびきに全て壊されて睨みつけるとセラさんをおぶって店を出た。

 

「それじゃ、今度はちゃんと飲みに来ますね」

「またのお越しをお待ちしております」

 

 タクシーに乗せて、酔いが覚めたらぶっ飛ばしてやろうと思っていた犬神さんだったが、セラさんが、

 

「犬神さん……今度は一緒に……飲みに……」

 

 とか独り言を言うので今回だけは許してやるかとサラサラのセラさんの髪を軽く撫でた。そんな風に甘やかしていたら連日セラさんが犬神さんのボトルキープを飲み散らかしたので、二回目は問答無用でぶっ飛ばされたセラさんだった。

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