第5話 酔いどれエルフの背徳呑み 光の呑み友3 104号室凛さん登場

「天国飲み……だと?」


 前回、犬神さんの部屋で勝手に犬神さんの大事なお酒を飲んで豪遊したセラさんは土下座を繰り返し、新しい魔王を購入して弁償する事でなんとかお許しを頂いたので、さすがに次は同じような事にならないようにと、104号室の大学生だという凛さんの部屋で、やっすいペットボトル焼酎を煽ってとても気持ち良いお酒の飲み方について聞いていた。凛さんは大学に行かない時は中々ズボラな格好をしている。フリースの上下、普段は三つ編みの髪も適当に後ろ括り。まさに貧乏学生。


「セラっち気になる? じゃーん! これなんだ?」

「日本人が一番好きな日本人、諭吉さんだな!」

「そう、経済を牛耳るお金界の王、あらゆる人間をひれ伏させる力を持つこの諭吉さんを使うのよ」


 するとクシャクシャの一万円札をセラさんに見せる凛さん、そしてその一万円札をフリースのズボンに突っ込むと「んじゃいこうか?」という凛さん。

 

「諭吉さんもかかるお酒って事なのか? 高級な?」

「ううん、違うわよ! うんとクソ安いお酒がねぇ、すんげぇうまい飲み方を教えたげんよセラっち!」

 

 そう、セラさんはこの時、やめておけば良かった。それは数時間後に気づく、凛さんに連れて来させられた所、それは18歳未満立ち入り禁止と書かれている。犬神さんに一度なんの店か尋ねたところ、「俺とは違う人種が入る場所だ。セラは気にしなくていい。というか入るな。お前ハマりそうだし」と言われた場所、しかし、ハイエルフであるセラさんは、知識を増やす事を喜びとしている。

 もちろんググった。

 

「ぱ、パチンコ屋さんという場所か?」

「そうそ! パチンコもいいけど、セラっち、もっと手早く稼げるのはパチスロじゃんね! さ! ここでこの諭吉さんを複数人に増やして、ホストクラブというへヴンに行こうじゃないの!」

「ホス、ホス、ホストクラブぅ!」

「セラっち知ってる?」

「話には聞いておりまする。なんでもイケてるメンズだらけという噂の……」

「そう! じゃあチャチャっと増やして、レッツ・ヘヴン!」

 

 目の前には小型冷蔵庫くらいの大きさのスロット遊戯台。一万円をサンドというお金を入れる装置に差し込み、千円分ずつ遊戯用のメダルが出てくる。

 

「これをね3枚入れて1ゲーム、さぁ! サクッと出しちゃおう」

「よ、よし!」

 

 そして40分後……

 

「あの……凛さん?」

「なぁに? セラっち」

「諭吉さん無くなったんだけど……」

「そだねー。ウチもなくなったー。じゃ、二人目いきましょうか!」

 

 続いて1時間20分後……

 

「あの、何回かちょろっとメダルが増えて、諭吉さん無くなったんだけど……」

「そだねー。ウチも、三人目行こっか?」

 

 ここでやめておけば良かった。ドン・キホーテで売っているシャンパンとやらを購入する事ができたなとか思って、せめて使った分だけ取り戻せればとそんな事をセラさんは思って、四人目、そして五人目の学問のすすめを書いた福沢諭吉を生贄に捧げた。

 

 開店から7時間25分。

 

「あばばばばばばばばばば……」

「あははは、ヤッベェ、全部すっちまったね……」

 

 えっ? ホストクラブは? とかセラさんは思ったけど、もう絶対そういう状況じゃない事はセラさん本人も分かっている。めちゃくちゃ配信をして稼いだ5万円が一瞬で溶けた。

 

「ど、どうしよう。まずい……犬神さんに払う生活費……」

「身体で払っちまえば?」

「そういう冗談を犬神さんに言うと、多分生ゴミでもみるような目で放り出されてしまうんだ……」

「犬さんそういうとこあるよね……まぁさ……とりあえず飲まね?」

 

 凛さんが指差すのは激安系スーパーのロピア。そこで凛さんがなけなしの小銭で買ってきたメーカー不明のストロング系酎ハイ。

 

「さぁて、いい感じで日も落ちてきたので公園でも行くべ?」

「そうだな……」

 

 五万あったら、前に犬神さんが飲みたいと言っていたどちゃくそ高い日本酒が買えたなとか思いながらとぼとぼとセラさんは凛さんについていく、たどり着いた小さな公園。そこでは既に先客らしいサラリーマンが安酒片手にスマホを虚な瞳で見つめている。

 

「じゃあこのベンチで飲もっか! ほい、これウチの奢りちゃん」

「あ、りがとう……いただくよ」

 

 カツンと缶を当てて、

 

「ヘイ、カンパーイ!」

「乾杯」

 

 500m l一缶100円の激安ストロング酎ハイ。一口目からこれは今の自分にぴったりなお酒だなとセラさんは自己嫌悪に陥る。缶の裏に書かれた原材料にはウォッカと書かれているが、犬神さんの部屋で飲ませてもらったプレミアムウォッカで作ったレモンサワーはもっと健やかでこんなケミカルな味はしない。

 決してそれが悪いわけではないが……安いだけあって何かを削っているんだろう。

 そして異様に酒の回りが早い。

 

「ほんとさぁ……なんでパチスロなんてウチら打ったんだろうね……すっからかんになってさぁ……」

「凛さん、ちょっとダメな方に入っているぞ……」

「だってさー……ウチ、ちょっと酒癖悪くて、博打癖あるけど、それだけでさー。別れてって酷くない? もうこれで三人目なんよ……セラっちは犬神さんと同棲してていいよね……」

 

 凛さんとお酒を飲むと彼氏と別れたという話しか聞かない。というかどんだけ別れるんだろうかとセラさんはストロング系酎ハイを口にしながら話を聞く。ブランコに座って安酒を飲んでいたサラリーマンはいつの間にかいなくなり、コンビニで買ったつまみとお酒を持ち寄った若者たちが代わりにやってきていた。

 

「50000円も無駄に溶かして、なんだか変に酔いが回る酒をこんな公園で飲んで……天国どころか……はぁ、なんかこの背徳感。300年くらい前に勇者パーティーに参加してた時に同じような事があった事を否応なしに思い出すな……あの時はカードゲームだったかな……博打なんて打つもんじゃないと確かあの時も反省したハズなのに」

「なんて? 300年前ぇ? ウチの恋は100万年の恋だったのょぉ……」


 長く生きてきたのでセラさんにも色恋沙汰のいくつかは記憶にあるが、エルフの寿命は余程の事がない限りほぼ無限と言える。他種族の求婚や恋愛感情を受けるといずれ相手を看取らなければいけないと言う葛藤からそう言う関係になった事がない。

 

「しかしいいもんだな。人間は」

「ねぇ? ぎいでる? セラっち……さぁ。飲んでる?」

「はいはい、聞いているし、飲んでいるぞ」

 

 気がつけば2本目、ロング缶で2本もストロング酎ハイを飲むと随分回る。と言うか凛さんはこれ以上飲ませない方がいいだろうなとセラさんは残りのストロング缶を自分の後ろに隠した。

 お金を随分使った後で鬱々としている中でさらに最近生活が上手くいっていない事を思い出してさらに良くない方にお酒が回る。

 こんなややこしい酔っ払いを犬神さん毎回相手にしていたんだなとセラさんは猛省した。

 

「犬神さん………ほんとすまなかった!」

「あ? 呼んだか?」

 

 激安ストロング酎ハイを飲んだからか、酔って幻覚を見ていると思ったセラさんだったが、確かにそこには珍しくジャケットを着た犬神さんの姿、両手で何やら沢山食材の入った紙袋を持っている。

 

「い、犬神さん、なんでこんな所に?」

「あ? 今日の取引先の人がパチスロ好きで少し付き合えって言われてその戦利品。しっかし、あんなくだらない遊びにハマる奴の気がしれんな」

 

 流石に今はその話は聞きたくなかったなぁと思ったセラさんだったが、念の為に犬神さんに尋ねてみた。

 

「あの、おいくら程勝ったんです?」

「ええっと、五万くらい? 一千円だけ付き合ってやろうと思ったらよく出た。てか働いてないのに金増えるとか怖くね? お前は絶対にあーいう遊び覚えるなよ? てか、1階の学生じゃん。お前、潰すなよ! どうすんだよこれ?」

「いえ、誘われたのは私なんだが……」

「チッ! しゃーねぇな。こいつおぶるから、お前この荷物持て」

 

 そう言って戦利品を渡され、中を除くとその戦利品の中にセラさんの好きな缶詰やクラッカー、そしてビールなどが入っている事になんだか泣きたくなったセラさん。

 

「あの、犬神さん」

「あぁ? 帰ってシメにうどんでも食うか?」

 

 いつも通り気だるそうな返し、初見の人からすれば喧嘩売られているように感じる犬神さんの反応。されど、こうして酔い潰れた同じマンションの住民を連れて帰るなど、一般常識も教養もありまさに光の飲み友。

 

「今日、パチスロで5万円負けました……その後に飲んだストロング酎ハイが美味しくて……美味しくて」

 

 失意のセラさんに何も返さない犬神さん、彼なりの優しさでそっとしていてくれているのかと犬神さんを見ると……

 

 それはそれは言葉を失い、ドン引きし、ストロング酎ハイに溺れて道端で爆睡する酒カスを見るような目でセラさんを見つめていた。

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