09_輝夜

 浦野から解き放たれたパラスの花から、夜風に吹かれて粉状の物体がふわりと舞い散る。


 な、なに。僕は、花にでもなったのか。街中見られてすごい。ええ、街の向こうってあんな感じになってんだ。……てっ、状況がわからない!?おかしいだろ!かおるに、キスされたと思ったら、何か化け物に、なってるし。ワケワカメだよ!


 浦野は、パラスの姿に変わりながらも意識はなんとか保てていた。とはいえ、肉体の主導権は、浦野の中に眠っていたパラスにあった。


 くっ、やっぱり。身体をなかなか動かせない。最悪だ。それに、下の方を見たら、僕の本来の身体が地面で痙攣してブルブル震えてるんだけど、怖すぎる。


「一体、どうすれば……」


 一方、明日野は、菊屋の放つ異様な狂気に動くに動けないでいた。パラスが粉を吹き出す光景を眺めるしかなかった。


「どうやら、大変なことになっているようですね。迅速に終わらせたほうが良さそうだ」


 そんな声が聞こえた直後、天高く伸びるパラスの身体は横に線が入ったかと思うと、斜めにずれて凄まじい轟音を立てながら倒れる。


 や、やばい。誰かに突然、切断された!?僕は、助かるのか……。正直、このよくわからない姿になったままお陀仏は嫌だと思ってたんだ。突然、現れたあなたは誰?もしかして救世主だったりする。そうだよね?


 浦野は、パラスの胴体が崩れ落ちる最中、救世主の登場を懇願する。


「なに!?何が起こったの……」


 今まで落ち着いた態度を見せていた菊屋だったが、思いもよらない展開に、目を大きく見開き、驚きの表情を浮かべる。


「来てくれたのね。輝夜彰人」


 明日野の見上げる先には、一人の男が、地面にぐたっと横になったパラスの胴体の上に立っている。彼女が輝夜彰人と呼ぶ男性は、落ち着いた様子であたりを一望し、状況をざっと把握する。


 そして、その中で最も警戒すべき人物に視線をさっと向けた。彼は握っている刀を握ったかと思うと、すでにその刃先が菊屋かおるの喉元に添えられていた。


「あなたですか。この浦野とかいう少年の中のパラスを呼び覚ましたのは?」


 かおるは、冷ややかな目で、月光に照らされ輝く刀の刃先を見つめる。喉元に添えられた状況にもかかわらず彼女は落ち着いていた。命の危険を感じるどころか、どこか余裕すら感じられる。


「そうよ。あなた、強いわね。底しれない強さを感じる。私が見てきた怨念師の中でも、群を抜いているわ。あなたとの戦闘は、できるだけ避けたいところね」


 かおるは、淡々と輝夜の湧き上がる力を観察しながら言った。


「あなた、怨虫ですね。身体は、人間だ。女性の身体の中に入って、操作しているようだ。正々堂々、その女性の身体から出て来る気はありますか?」


 輝夜の問いかけに、菊屋はゆっくりと首を横に振った。


「まさか、あなたに怨虫の私を晒すつもりはないわよ。それにこの女性の身体を気に入っているの。私と相性がいい。力を存分に発揮できる」


「そうですか。言ってみただけです。それでは、あなたのその体を拘束して、彼女に除虫薬でも飲ませるとしましょう。流石のあなたも、その体から出て来らずにはいられないはず」


「あなたって、意外と強引なのね。でも、そういう男は好きよ」


 菊屋は、輝夜の耳元で囁くように言った。だが、彼女の囁きに対しても、輝夜は相変わらず無表情で虚ろな瞳を彼女に向けていた。


「怨虫に誘惑されても嬉しくありませんね。先に忠告しておきますが、あなたに逃げ道はありませんよ。あなたもすでにお気づきかもしれませんが……」


「ええ……気づいてるわよ。周りにいるのはお仲間さんかしら。ざっと、10人くらいはいるのね。なかなか用意周到のことね」


 菊屋は、周りにいる怨念師たちの気配を感じ取り、周囲を見渡す。怨念師たちは、輝夜の指示で、配置についていた。彼女がどの方向に逃げても、柔軟に対応できるような考え抜かれた配置だ。


「あなたのような怨虫が、現れる可能性は前々から、想定はしていました。浦野くんはパラスを宿す存在。パラスの力を欲する者が現れてもおかしくはなかった」


「へぇ、私が浦野くんを襲うのを待ってたんだ。でも、だとしたら可愛そうね。浦野くん。あんな姿になっちゃって」

 

 菊屋は、巨大な肉塊へと姿を変貌を遂げた浦野の姿に視線を向ける。


「あなたが、浦野くんを化け物に変えてしまうのは予想外でした。私の失態です。後ほど、責任をもって浦野くんは助けるつもりです。彼を化け物に変えたあなたは、全く可愛そうには感じていないようですが」


 菊屋は薄気味悪い笑みを浮かべていた。そんな彼女の表情は自分のエゴを満たそうとする悪魔にも見える。


「そうね。そうかもしれないわね。浦野くんは、私の目的を果たすための道具でしかなかった。浦野くんだけじゃない、パラスさえも。浦野くんと付き合っていたのも、浦野くんの中のパラスがある程度、育つのを間近で観察するためだったの」


 黙って二人の会話を聞いていた浦野は悶絶していた。


 う、嘘だろ!?やっぱり、僕と付き合っていた彼女は、本当の菊屋かおるではなかったのか。怨虫に僕の恋心を弄ばされた何か、ムカついてきたぞ!だからといって、何もできないんだけどね。輝夜とかいう男性は、責任をもって助けてくれるみたいなことを言ってたから、もしかして、人間の姿に戻れるかもしれない。頑張ってくれ。輝夜さん。陰ながらめっちゃ、応援してます!


 浦野は、付き合ってきた菊屋かおるが怨虫だったという事実にショックを受けつつ、もしかしたら人間に戻れるかもしれないという希望を抱く。

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怨虫は蠢く 東雲一 @sharpen12

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