08_開花

 ニョキニョキと浦野の頭をかち割って出てきた何かは、静寂に包まれた夜空に花を咲かす。見た目は、美しいバラのように見える。


 バラのような巨大な何かの正体。それは、かつて、世界全体を脅かした怨虫。パラス。


 パラスは、かつて、人々にパラス病という疫病を蔓延させた。これにより、かつて全人類の゙四分の一が死亡した。パラス病感染者は、まず、幻覚や緊張、不安などの症状が現れ、全身を複数の虫が這っているような感覚に襲われる。その間、全身には、アレルギー反応が出て痒みと痛みが生じる。そして、一週間もしないうちに、自害するか、ショック死する。


 そんなパラス病は、パラスと呼ばれる怨虫によるものであったが、怨虫を認識できるものは、人類の中でも、20%ほどであることから、今現在も原因不明の精神障害という扱いをされている。地球温暖化により永久凍土が解けて、古代のウイルスが蔓延してしまったのではないかと叫ぶ専門家もいた。


 怨虫を認識できないものにとっては、怨虫はとても非科学的でスピリチュアルなものであり、信じるに値しない存在だった。


 かつて、怨虫を見る事ができる人々『怨念師』は、こう証言した。


 ーーバラのような形の゙怨虫が、世界各地に現れたと。


 怨虫は、虫という字が使われるが、これは昆虫の形をしているからという理由ではない。人々の身体から、虫のように、湧いて出るという意味合いで使われている。


 パラスもまた、世界各地の゙人々から、湧いてでた存在だった。


「何だ、あれは……」


 初めて怨念師の男が、パラスのあまりに巨大な姿を見て唖然とする。その姿を、眼中に入れた瞬間、世界の終焉を予感させ、戦慄が全身を駆け抜けた。


 その予感は、見事に的中していた。男が、恐怖した直後、パラスの花から、花粉のような粉が噴出されたのだ。粉は瞬く間に、世界に拡散した。


 粉を吸ったものは、パラス病を発症し一週間ほどで死に至る。パラスから放たれた粉状の物体は、パラスの卵だ。卵を吸い込んだ人間は、不安やストレスを感じやすくなる。そうすると、人間の中に、『怨』と呼ばれる負の感情が渦巻き始める。卵から生まれた怨虫は人々の怨を食らい成長していく。


 しかし、あまりに殺傷性が強かったことから、パラスの子供の多くは、成長仕切る前に宿主である人間が死んでしまい、滅びてしまう。このことはパラスにとって誤算だった。人間に卵を植え付け、増殖する計画が崩れ去ったのだ。


 そして、世界の各地に災厄をもたらしたパラス本体もまた、ある日、突如、何者かの手によって消滅させられる。


 これで、パラスの脅威はなくなった。


 はずだった……。


 だが、この日。浦野の身体に眠っていたパラスが、再び眠りから覚めた事により、状況は一転する。


「この気配は……一体」


「もしや、これはパラス!!パラスが復活したのか!?」


 怨念師たちは、遠方にいても、凄まじい怨を放つ、パラスの邪悪な気配を感じ取れた。あまりに強烈な怨に戸惑いを隠せず、騒然となる。


「なんか、嫌な気配がする」


「いや、いや、嫌ぁああああ!!!」


 パラスが開花した瞬間、本来、怨虫を認識できない一般人も、得体のしれない巨大な存在の気配を感じ取り、取り乱すもの、発狂するものが続出する。体調不良を訴え、その場で気を失ってしまうものもいた。


「止めなくては、今ここで。パラスの核を破壊する」


 明日野は、鎌を構え一歩踏み出す。その直後、パラスの細長い胴体から勢いよく、ムカデ型の怨虫の方に肉塊が飛んでいき、周囲の建物の壁を穿ちながらゴクリと飲み込んだ。

 

 その間、およそ0.01秒。なんとか、明日野の動体視力で認識できる時間の切れ間だ。


「これ以上、動かないことね。動けば、次は、あなたがパラスの捕食対象になるわよ。大人しく、見ていなさい。この歴史的な瞬間をね」


 菊屋は、無表情な微笑みを゙浮かべそう言うと、夜空に咲き誇るパラスの花に視線をそっと移す。月光に仄かに照らされ、夜風に揺られるその花は皮肉にもとても美しかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る