06_彼女

 ムカデ型の怨虫は、身体をうねらせなが次第に浦野に近づく。対する浦野は、壁に身体を強くうち、意識を保つのがやっとな状況だ。


「情けない。このまま、目の前の怨虫に喰らわれても困る」


 また、浦野の頭の中に強気な声が響く。


「人間。もっと強くイメージしろ。こいつを、切り裂く刃を」


 一体、誰なんだ?俺に話しかけてくるのは。やたらと傲慢な口ぶりだ。正直、従うのにためらいを覚えるが、目の前の化け物を倒すには僕だけでは知識不足だ。今は、経験豊富そうなこの声の主に大人しく従うのが、一番良さそうだ。この戦いが終わったら、正体については、聞き出せばいい。答えてくれるかは別にしてだが。


「もっと鮮明にイメージすればいいのか。やってやるよ」


 若干、声の主に上から目線な言葉を吐くと、ムカデ型の怨虫が、接近してくる様子を見ながら、目をつむり、怨虫を切り裂くイメージをする。  


「しねぇええええ!!!」


 ムカデ型の怨虫は、口のあたりの鋭利な牙を剥き出しにし、身の毛がよだつような強烈な殺意を向ける。常人には、捉えることも難しい。コンマ何秒の世界で、並外れた動体視力を発揮した浦野は怨虫を紙一重のところで回避し再び腕を刃にしゅっと変形させる。


 より鋭く、より硬く、この化け物を断ち切るところを想像しろ!


 今だ。今度こそ、断ち切る。


 浦野は、自分がイメージした通りに、刃に変形させた右腕を目の前を通り過ぎる怨虫の細長い胴体に思いっきり振り下ろした。


 今度は、浦野の刃は弾き返されることなく、硬質な胴体をスパッと引き裂いた。


 や、やったぞ。今度は切り裂く事ができた。行ける。僕でも、この化け物と対抗できる可能性が出てきた。


 浦野は、自分の攻撃が通じたことで、希望の光が胸に灯る。一方、ムカデ型の怨虫は、自分の攻撃をまたも回避されたばかりか、自分の胴体を切断され困惑する。


「ぐっ、お前は何者だ!?ただの人間ではない。身体を変形させるその様は、まるで怨虫そのもの。とはいえ、意識は人間のようだな。身体は、怨虫のそれであるが。お前は、我々の脅威になりうる。ここで全力で消しておかなくてはならぬな」

 

 怨虫。その言葉、どこかで聞いた覚えがあるような。そうだ。おじいちゃんが言っていたんだ。この世界には、目には見えないが、怨虫という化け物が、存在するって。


 浦野は、聞き覚えのある怨虫という言葉に、今は亡き祖父との会話を思い出す。


 小さい時に、聞いた話だから、僕を怖がらせるために作り話をおじいちゃんはしているのだと思ってた。今思い返してみれば、その時のおじいちゃんはいつにもまして、真剣な表情を浮かべていた気がする。


 おじいちゃんは、言っていた。怨虫に卵を植え付けられた者は、その肉体や思考を操られてしまうって。


「浦野くん、こっち、こっち」


 この声は……。浦野は背後から聞こえる明るい声に、思わず笑みを浮かべ振り向いた。


「かおる!かおるなのか!」


 振り向いた先には、怨虫が見えていないのか、無警戒な菊屋かおるが立っていた。そして、彼女はつぶらな瞳をゆっくり閉じる。


「大好き!浦野くん!」


 浦野に顔を近づけると、赤い唇を彼の唇に押し付け、キスをする。


「う、ううう???」


 突然の彼女の大胆な行為に、浦野は混乱する。フラレたとはいえ、菊屋かおるは自分が初めて恋した大切な女性だ。頭はパニックになっていたが、心臓は荒れ狂い、身体を燃えるように熱くさせた。


 な、何だよ。この状況……。訳わかんないぜ。でも、もうどうでもいいや。今はただこの幸福を噛み締めていたい。


 呆気なく、浦野は彼女に身を委ねる。

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