第2話 念願の異世界ではあるけれど!

「宏一、もう体は大丈夫ですか? 困ったことがあったら、遠慮なく言ってくださいね」

「は、はい……」


 今僕は、ベッドの上で超絶美少女に看病されている。

 彼女の名前はヒロイーン。僕の大好きなラノベ、『最俺』のヒロインだ。


 ここは、『最俺』の世界。ボロリアン号に撥ねられた僕は、この世界に転移した。

 乙女ゲーム好きの子が乙女ゲームの世界に転生したって話は山ほどあるんだから、好きなラノベの世界に転移したって何も不思議はない。


 それからどうしてヒロイーンに看病されているかというと、実は僕が転移したのは、ヒロイーンが暴漢に襲われているまさにその時。暴漢の真上に落っこちてきた。

 おかげで暴漢は見事撃退。僕はその時ケガをしたけど、ヒロイーンはそれを申し訳なく思い、自分の住む屋敷に呼んで手当をしてくれたってわけだ。


 しかも……


「宏一。私、恩人であるあなたのためならなんだってしますわ」

「そ、そう? ありがとう……」


 どうやらヒロイーン、僕に惚れちゃったらしい。

 いくらなんでもチョロすぎないって思うけど、主人公であるシュヤークに惚れたのも、こんな感じだったんだよな。

 さすが、ご都合主義満載のラノベヒロインだけのことはある。


 というわけで、僕は大好きなキャラに看病され、惚れられ、幸せいっぱい。

 ……って言いたいところなんだけど、そうもいかないんだよね。


「だいぶ傷も治ったし、ちょっと近所を散歩してくるよ」

「そうですか。お気をつけて」


 こうして、僕は一度ヒロイーンの家から出て、その周りを歩く。その途中、思わずため息がこぼれた。


「はぁ……。どうしよう。これじゃ、物語が変わっちゃうよ」


 本当は、暴漢をやっつけるのもヒロイーンに惚れられるのも、シュヤークがやるはずだったんだよね。

 そこに僕が現れたもんだから、そのポジションを完全に奪っちゃった。

 もちろん、ヒロイーンに惚れられるのは嬉しいよ。けどさ、やっぱり物語のファンとしては、公式を大事にしたいんだよね。


 そんなことを思いながら、一軒の家の前にやってくる。

 ここが、シュヤークの家。周りからは最弱って思われバカにされてたけど、実は誰よりも強いチートな力を持っていて、これからなんやかんやで大活躍することになる主人公だ。


 だけどそのきっかけは、ヒロイーンを助けたこと。

 それを奪われた彼は、こんな感じだった。


「あぁ、オラは最弱でどうしようもないダメなやつだぁ。生きてる価値なんてねぇだ」


 嫌なことでもあったのか、家の前で膝をついて嘆いてる。

 序盤のシュヤークは、実は自分が最強だというのをまだ知らないからな。


 とりあえず、今はシュヤークに声をかけることなくその場を後にする。

 今の彼に、なんて言ったらいいかわからなかったから。


「まずいな。何とかして本来のストーリーに戻さないと。けど、どうすればいい?」


 それに、僕の頭を悩ませる問題は、シュヤークのことだけじゃない。

 同じくらい重大な悩みがあるんだ。


「僕、どうすれば元の世界に戻れるんだろう?」


 そりゃ異世界には来てみたかったけど、二度と元の世界に帰れないってのは嫌だ。

 けどこれは、シュヤークをなんとかして本来のストーリーに戻すよりも難しいかもしれない。

 何しろ僕をこの世界に送った張本人であるドクも、その辺のころを何も考えてなかったんだから。


「ドク! どうしてくれるんだよーっ!」


 思いっきり叫ぶけど、そうしたところでドクに届くはずがない。

 そう思ったその時だった。


「宏一。宏一じゃないか!」


 急に、僕の名を呼ぶ声が聞こえた。

 けど、この世界に知り合いなんてほとんどいないはずだけどな。

 そう思いながら、声のした方を向く。


「えぇっ! ドク!?」


 なんとそこには、この世界の服に身を包んだドクが立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る