バック・トゥー・ザ・現実世界
無月兄
第1話 その名はボロリアン号
僕、三ツ矢宏一は、その夜友達に呼び出され、家の近くにあるショッピングモールの駐車場に来ていた。
友達って言っても、高校の同級生じゃない。近所に住む発明家のおじさんだ。
初めて彼に会った時、毒薬のような液体を持っていたことから、僕は彼のことをドクって呼んでいる。
ドクとは親子以上に歳が離れてるけど、彼の作る発明はいつも面白くて、何度も遊びに行っていた。
ドクもそんな僕をいつも温かく迎えてくれてたけど、こんな時間、こんなところに呼び出されたのは初めてだ。
「凄い発明をしたから見に来てくれって言われたけど、いったいなんだろう?」
時刻は深夜。駐車場には僕以外、ひとっこひとりいない。
けどほどなくして、遠くから車のエンジン音が聞こえてきた。
「あっ。あれはドクの車だ」
やって来たのは、ドク自慢の年代物のスポーツカー。けど年期が入りすぎてかなりボロボロになっているから、僕はボロリアン号と呼んでいた。
けど、今目の前にやって来たボロリアン号は、いつもとは何か違う。ボロボロなのは一緒だけど、よく見ると運転席の後ろ部分には、見たこともない機械が積まれていた。と言うより、車と一体化しているみたいだ。
ボロリアン号のドアが開き、中からドクが現れる。
「見ろ宏一。世紀の大発明が完成したぞ!」
「ボロリアン号を改造したの? いったいどんな発明?」
「よくぞ聞いてくれた。まずはこいつを見てくれ」
そう言ってドクが取り出したのは、僕が愛読しているラノベ、『最弱と思われてた俺が本当は最強!?』、通称『最俺』だった。
剣と魔法が大活躍している、いかにもな異世界に行った主人公が、チート能力で無双するっていう、いわゆる異世界系だ。
けど、これがいったいどうしたの?
困惑していると、ドクは後部座席の機械を指差して言う。
「これは、次元転移装置。簡単に言えば、異世界に行くための機械だ。この、お前に貸してもらったラノベのような異世界にな」
「なんだって!?」
得意気に語るドクを、僕は信じられない目で見る。
「ちょっと待って、異世界って本当にあるの? 仮にあるとしても、行けるものなの?」
「驚くのも無理はない。私だって、そんなものただの創作だと思っていた。たが、あれはトイレで転び頭をぶつけた時だった。そのショックでひらめいたのだよ。異世界が存在する科学的な理屈と、そこに行くための方法を! そのための発明が、このボロリアン号。こいつが時速140キロを越えた時、異世界への扉が開くのだ!」
本当かな?
けどドクは、今まで何度も突飛なことを言っては、その全てを実現させてきた。だったら、異世界に行くことだってできるかもしれない。
そう思うと、胸の奥がドキドキしてくる。
「凄いやドク。ねえ、異世界ってどんなところなの?」
「それは、実際に行ってみて確かめればいいだろう」
「行ってみてって、僕を連れてってくれるの!」
「もちろんだとも。元々、お前がラノベを貸してくれなければ思いつかなかったかもしれんからな。それでは、早速出発といこうじゃないか」
「うん。そうだね」
逸る心を押さえながら、僕は助手席に乗り込み、シートベルトをしめる。だけど……
「おいおい、何を乗り込んでるんだ? お前は外に出るんだ」
「えっ? だって、異世界に連れていってくれるんでしょ。だったら乗り込まないと……」
首を傾げる僕。だけどそこで、ドクはちっちと指を振る。
「何を言っとるんだ。ラノベで異世界に行くと言ったら、こういうものだろ」
そうしてドクは、『最俺』のページを開く。
そこは、冒頭のシーン。まだ現実世界にいる主人公に、トラックが突っ込んでくるって場面だった。
どういう理屈かはわからないけど、主人公はこの事故のショックで異世界に行くはずだ。
「まさか、異世界に行く方法って……」
「ようやくわかったようだな。時速140キロで走るボロリアン号にぶつかれば、その対象はあっという間に異世界に行く。というわけで、さっそく降りてボロリアン号の前に立ってくれ」
僕は、ボロリアン号から降りる。けど、その前に立とうとはしなかった。その前に、走って逃げた。
「待て、なぜ逃げる。異世界に行きたくないのか!」
ボロリアン号で追いかけてくるドク。それを見て、僕はますます足を急がせる。
「だって怖いじゃないか! 時速140キロで突っ込んでくる車にぶつかれって、できるわけないだろ!」
「だから、ぶつかった瞬間お前は異世界に行くのだ。何の問題もない!」
「無理! 怖い! そもそも異世界に行くって言っても、それって転移なの? 転生なの?」
これはけっこう重要な問題だ。転移なら、僕の体はボロリアン号とぶつかった瞬間この世界から消えてなくなる。けど転生なら、異世界に行くのは僕の魂だけ。この世界に魂の抜けた死体だけが残る。
そうなったら、ドクは殺人犯だ。
「心配するな。ちゃんと理論上は転移のはずだ」
「なんだよ理論上って!」
「これが初めての実験だから、やってみんことにはわからんのだ!」
冗談じゃない!
全力で走る宏一。だが相手は車。しかも、異世界に行くために必要な140キロへと加速しているんだから、とても逃げ切れるはずがない。
「いい加減観念せい。こいつを走らせるのには、特殊な燃料がいるんだ。このままじゃ、せっかく苦労して手に入れたプルトニウムが尽きてしまうだろ!」
「プルトニウムって、どうやって手に入れたんだよ!?」
「過激派を騙してインチキ爆弾と引き換えにもらった。こうでもせんと、1.21ジゴワットの電力を得ることはできんからな!」
明らかにヤバい話を聞いたのが、この世界における僕の最後の記憶となった。とうとうボロリアン号に追いつかれ、思い切り衝突された。
その瞬間だった。
僕の体が、突如激しい光に包まれる。
「なんだよこれ!」
光の中は、上も下もないような不思議な空間で、僕はそこにプカプカ浮いていた。
多分、世界と世界を繋ぐ次元の狭間的なものなんだろう。
少し離れたところには、穴みたいなのが空いていて、その向こうにはさっきまでいた駐車場とドクの姿が見えた。
「やったぞ、実験は成功だ! やはりワシの計算に狂いはなかった。宏一は異世界に転移したのだ!」
世紀の実験成功に大興奮のドク。
けどそこでドクは、ハッと気づいたように言う。
「そういえば、こっちに帰ってくる方法を考えとらんかった」
ドクーーーーっ!
思いっきり叫ぶけど、ドクには届かない。
そしている間に、僕はさらに強い光に包まれ、次元の狭間から、完全に異世界に転移してしまった。
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