レモネードに彗星
灰谷魚
レモネードに彗星
私が14歳の少女だった頃、叔母は43歳の美しい女性だった。私が30を目前に控えた今では196歳の美しい老婆となっている。叔母は自然とそういう年の取り方をした。彼女にとっては当たり前のことが起きただけ。他人がどうこう言う話じゃない。
さて、冒頭から同じルールに従って同じ語を二度も配置している通り、叔母は美しい。
ここで美しさの定義が問題になる。
人間の容姿にこの単語が使用されなくなって久しい。でも私は叔母の見た目を美しいと思っている。ほとんど反射的に。すこし無神経な言い方をするとしたら、ただ本能的に。
私が叔母に感じている美は、おそらくフェミニズム以前の歴史に育まれた「女性らしさ」みたいな価値観に立脚しているだろう。唾棄すべき概念のひとつというわけだ。しかし私の立場も考慮してほしい。私の大部分が文字通り世界から切り離されている。それに加えて、私には若い頃から懐古趣味の気があるのだ。差別的な物言いのシェイクスピアや、凝り固まった男女観に基づいた古典落語を楽しむのに似ている。古い時代の娯楽作品に触れるときには、自分の心をタイムマシンにのせて、その時代の人間になりきって陶酔する。私はそうするのが好き。そっとしておいて。
ところで私は14歳の夏にスナイパーに狙撃され、若くして命を落としている。
叔母と暮らすようになったのはその直後からだ。
といっても私は蘇生したわけではない。人生めいたものを継続させられてはいるが。
難しい話ではない。私には生きていた頃の記憶があり、死んでからの経験も増え続けている。それだけのこと。
変てこなコミックの設定みたいだけど。
まあ、本当に私はコミックなのかもしれない。自分では判断できない領域だ。私とは違う次元(まさしく次元)に存在している人たちから見れば、私は人間ではなく、アニメや、1枚の絵や、操作可能なキャラクターの1人、ということだってありうる。誰かの強い妄想だとか、高度な(あるいは単純な)AIだとか。
私の境遇(設定、と言い換えても良い)は、まるで奇抜ではない。私がどんな存在なのかを言い当てることは簡単だ。答えは何百通りもあるだろう。
考察なんて必要ない。古今東西の膨大なフィクションの中に、私みたいなやつが無数にいる。
だから私は、私に分かることを話すしかない。
私と叔母はこの15年、二人だけで暮らしている。
あるとき、「朝」と認識できる時間をまるまる費やして、私は1本の映画を鑑賞した。叔母が40代の頃に影響を受けたという作品だ。私は叔母と話がしたくてそれを観たのだ。
「こないだ言ってた映画、観たよ」と叔母に声をかける。
アームチェアでくつろいでいた叔母がこちらを向いた。金属製のコームでまとめた輝くようなグレイヘア。うっとりするほど多義的なまなざし。枯れた細い体はベージュのゆるいワンピースに包まれている。
叔母は手にしていたグラスをそっとテーブルに置いた。炭酸入りのレモネード。叔母の大好きな飲み物だ。というより、叔母がこれ以外のものを口にしているところを見たことがない。
「あら、もう起きてたの?」叔母が私に微笑みかけた。
私の目の前には大きな窓があって、叔母はその向こう側だ。この窓を通じてしか叔母とは対面できない。
私はインターネットを通じて世の中の動きを知り、自分の意見を持つことができる。けれど、その意見を叔母以外に発信することはできない。移動の自由もない。叔母とはまるで違う生活を強いられているのだ。14歳の夏を境にして、この15年間ずっと。
とくに不便を感じたこともないけれど。
「わざわざ2時間かけて観たの?」と叔母。ほんの数秒で内容を【知っている】状態になろうと思えばなれるのに、という意味だ。
「私はね、2時間の映画は2時間かけて観るんだ。その点では、主義者と言っても良いかもね」
「単に暇人というのよ、そういうのは」叔母はくすりと笑う。「で、おもしろかった?」
「うーん」と私は考え込む。「天涯孤独になった主人公が、温かい食事を出されて泣きながら食べるシーン、あったでしょ? あれがどうもねえ。ここは感動するところなんだろうな、ってのはわかるんだよ。でも、なんか白々しくて。そういう風に感じるのって、私が食事をしないからかな?」
叔母は少し考え込むようなそぶりを見せた。
「あったっけ? そんなシーン」
「えー? 何度も観た映画じゃないの?」
「だいぶ昔だからなあ。最後に観たの、たしか100年以上前じゃないかな。もちろん私にとっての100年だけど」叔母が頬杖をついて、遠い目をした。「100年前の私なんて、今とはぜんぜん違う人間だからね。映画の趣味に関して言えば、たいして興味もない人喰い鮫の映画を片っ端からぜんぶ観て、それで奇矯ぶってたような年頃だもの」
叔母は体を揺らして笑った。赤いピアスも一緒に揺れる。だけど墨色のクールな瞳は、いつも通り少しも動揺していない。
「そもそも退屈なシーンが多かった」私はやや攻撃的な気分で言った。「昔の映画って、発表する前に何重ものチェックが入るんでしょう? どうして退屈なシーンをカットしないんだろう」
「退屈なシーンのない映画なんて」叔母が穏やかな目をした。「それこそ白々しいじゃない」
白々しい、というのは私たち自身にも言えるかもしれない。
私たちはおおむねシミュレーション通りに見た目の変遷を重ねている。私の場合、服装やメイクは私が死んだ時代の価値観に照らし合わせたオーセンティックな「女性」の姿に忠実だ。ようは、私が14歳の頃によく見かけた「29歳」ぐらいの女性の格好に近い。
叔母は叔母で、196歳になったというのに、見た目は58歳のまま。これは叔母の肉体が実際にはまだ58年しか稼働していないことに合わせた、一種の古典的なジョークだろう。叔母は一年のあいだに複数回の誕生日を迎えるし、誕生日に年齢がいくつ増えるのかも定まっていないのだから。こんな人間は叔母の他にはいないだろう。
どうしてそんな歳の取り方をするの? と一度聞いてみたことがある。叔母は「私、将棋の駒でいちばん好きなの、桂馬なんだよね」と、どこか自分でも納得していないような口ぶりで答えた。
そうやって桂馬みたいに時間を移動することで、何を成そうとしているのかは不明だ。若い一時期、天才エンジニアと持て囃されていた頃から、叔母の考えを正確に理解できた人間は一人もいない。
そのときの会話の続き。
「もう私の叔母というよりご先祖様だね」
「そりゃ老けたな」
「でも実際に生まれたのはそんな昔じゃないんだから、ご先祖様が生きてた時代のような昔の記憶があるわけじゃないんでしょ?」
「逆逆」
「逆?」
「人より速いペースで歳を取るんだから、私はどんどん未来に進んでるわけ」
「歳を取った先の、未来のことが見えるの?」
「見えない」
「だったら何の意味があるの?」
「人より早く朽ちてしまえる」
「ぜんぜん朽ちてないじゃない。200歳近いのに」
「安心して。私だって千年も生きるわけじゃない。それに、長生きに興味はないの。私は同じことを繰り返したいだけ。ただひたすらに。もう人間ですらないのかもね。滑車を回し続けるハムスターのようなもの。その程度の知能しか残ってないんだよ」
スナイパーに撃たれて以降、私は眠る必要がなくなった。
叔母のほうは毎晩眠る。私と違って、今も肉体を保持しているからだろう。
どういう仕組みなのか分からないが、いつからか私は、叔母が眠っているあいだ、叔母の見ている夢の中に入りこめるようになった。叔母もたぶん、夢の中に私がいることに気づいている。
叔母の夢は精密だ。なにしろ毎回同じ場面からスタートするのだ。おそらく叔母が幼い頃に暮らしていた生家の風景。普段の私の世界には、叔母と会話をするための窓と、制限されたインターネットを見るための窓があるだけ。でも夢の中の世界は自由に動き回ることができた。私の肉体が強制的に14歳に戻されるのは少し不思議だったけど。
まあ、しょせん夢だし、気にはならない。
そもそもこの夢の中には叔母は登場しない。世界が用意されているだけだ。
ではなぜ私は、この場所を叔母の夢だと感じるのだろうか?
「そう感じるから」としか答えようがなかった。
夢ってそういうものでしょう?
叔母の夢の中では何でもできた。よくできたコンピュータ・ゲームみたいなものだ。冷蔵庫を覗いても良いし、ソファをひっくり返しても良い。花瓶を投げたり、ピアノを弾いたり、一日じゅうカーテンにくるまって過ごしたり。好きな場所に出かけることも。夢の中の街は毎日少しずつ拡張している。面積だけでなく、さまざまな点で。ウインドウショッピングを試みると、いつも何かしら新しいものが見つかった。
街の人たちとは、それほど難しい会話はできない。ちょっとした冗談くらいなら言い合えるけど。たとえば映画に関する批評なんかを吹っかけてみても、みんな困った顔をするか、まるで見当違いの答えが返ってくるだけ。つまり私は、この世界では友達や恋人を見つけることはできないのだ。
こういうところもレトロなコンピュータ・ゲームっぽい。
叔母の見る夢は、叔母が私に与えてくれた、ちょっとした庭のような感じがする。
なんとなくこの夢の世界については言及せずにいたし、確認するのも野暮だなと思ってはいたのだが、「最近、夢って見てる?」と(白々しくも)聞いてしまったことがある。
「夢?」と叔母は(白々しくも)不思議そうな顔をした。
「夜、寝ているあいだに見る夢」
「そうねえ」叔母に表情はどこか茫漠としたものに変わった。「この年齢になると、昔見た夢の中で起こったことと、現実に経験したこと、どちらも記憶の価値としては同じかもしれないね。それに、各パラメータを検証したところで、厳密には区別できない。そうそう、夢と言えば私の若い頃、〈欲望〉という字に〈ユメ〉とルビを振ってる歌詞があったりしたな。〈宇宙〉と書いて〈ソラ〉とかね。時代だね」
私の質問とちょっとずれた回答。いかにも叔母といった感じ。でも、なんとなくそれ以上は聞けなかった。
◆
その日、私は叔母の夢の中で、初めて見る種類の電車に乗ってみた。
少し混んでいたけれど、車内は恐ろしいほど静まりかえっている。
それもそのはず、20名ほどの乗客は全員死体だ。
この人たちはみんな、最初から死体としてこの世に登場したんだ、というのが直観的に分かった。よく見ると、すべての額に穴が開いている。狙撃されたのだろう。死因を生まれながらに刻印された者たちというわけだ。
いちばん端の席に、身じろぎをする人影があった。
シックなワンピースに品の良いストール。銀色がかった白髪が頬を明るく照らしている。膝の上で揃えた手の甲には、可愛い皺がいくつも刻まれていた。
叔母だ。
まっすぐに正面を見ている。
叔母の夢の中に叔母が登場するのは、初めてのことだった。
私は静かに興奮する。私たちを仕切る【窓】がここにはないのだ。
死体を踏まないように気をつけながら移動し、私は叔母の前に立つ。少し揺れるので吊り革につかまった。普段は見ることのできない、叔母の頭頂部を含む全体像を私の視野におさめることができた。とても気分が良い。
だけど周りは死体だらけだ。
「ここ、気味が悪いね。次で降りよう」
「次って?」叔母は顔を上げてにっこり笑った。「次の駅なんてないよ。私が知らないものだから。夢って、自分の知らないものは出てこないでしょう」
そうだろうか。むしろ夢には自分が知らないものばかりが出てくる気がする。いや、それは違うか。やはり夢には自分の知っているものしか出ない。巧妙に形を変えているだけで。
いや、でも……わからない。14歳で死んで以降、私はもうずいぶん長いこと眠っていない。夢とはどういうものなのか、リアルな実感としては思い出すことができなかった。
叔母は流れる風景に目をやった。景色はすべて盛大な炎で燃えている。何かの幼稚な比喩だと感じた。白々しさと言い換えても良い。叔母の頬にも炎の影が揺れていた。叔母の髪は漆黒。ゆるやかに波打っている。叔母が少女のように若返っていることにそのとき私は気づいた。
「映画は好き?」窓に映った叔母が言う。
「好きだよ。いくつもの世界を渡り歩いている気分になれるから」
「私はね」叔母の墨色の瞳が、一段階暗くなった。「映画を観るとき、この映画が私をひどく傷つけてくれたらいいのに、といつも願っているの。死んだ方がましなくらい、めちゃくちゃに。自分のかたちが変わってしまうほどに。二度と立ち上がれないほどに。徹底的に打ちのめしてくれたらいいのにって。だけどもう無理なの。つくりものから大きな影響を受けるには、私は歳を取りすぎた」
叔母は立ち上がって、私と至近距離で向き合った。十代のように若い叔母は、私より少し背が高かった。
「なんの話をしているの?」
「あなたと私は別人だけど、魂の基盤を共有しているって話」叔母が私の腰を抱き寄せる。「同じ映画を観ている他人同士みたいに」
叔母は私にキスをした。
そして電車のシートに私を優しく押し倒す。
叔母の透明な息が私の鼻先で揺れた。
叔母が私を抱こうとしている。
「血縁関係にあるのに?」
「血なんてないじゃない。一滴も」叔母の黒い髪が私の頬に垂れ下がってくる。「それに、二人とも女の肉体だよ。子は産めない。肉体関係を持つのに、血の繋がりなんて考える必要はない」
「そういう問題かな?」
「それ以前の問題だね。あなたは死んだの。ずっと昔に。狙撃されて。その事実は変えられない。どんなテクノロジーを用いても。ただ、忘れることはできる。そして、そんなことは起こらなかったと錯覚することも」
「これは、何もかも無かったことにする夢?」
「その逆。何もかもが起こる夢」叔母が私の首筋に顔を埋めた。乾いた籐家具のような匂いがした。急速に若返ったはずの叔母は再び老いていた。ざらついた肌の感触が好ましい。
どうあがいても叔母は美しかった。
けれどそれは、本当に私が下した評価だろうか?
「長い時間をかけて、私はすっかり漂白されてしまった」叔母は私の上でうめくように言った。「真っ白に。澄んだ色に。でも欲望の残滓がある。私の、とてもよくない思想の。それはもう、この場所でしか、あなただけにしか、見せることができないものなの」
私は裸にされた。叔母も裸だ。私たちの肉体は男ともいえるし、女ともいえる。そんな風に見えた。
「人って結局、アメーバとかゾウリムシみたいなものになっていくんじゃないかしら」叔母が私の耳もとで言った。「そのためにテクノロジーは発展した。何億年もかけて。すべてを元に戻すために」
叔母は私の体を蹂躙した。私をまさぐり、つまみ、噛み砕き、分解し、並べ替え、まるでべつの生き物みたいにして、また破壊し、かき集め、愛撫し、咀嚼し、泣き出した。いくぶん落ち着くと、私の破片を拾い、キスをして、何かに祈り、すべてを冷徹に数値化した。その間、私は何を考えていたら良いのかわからなかった。表現しようのない変な気持ちだ。しかしこの感覚すら、叔母が私に植え付けたものかもしれない。快感、という言葉の辞書的な意味は理解していたけれど、それが私の感じていたものと一致するのかは、確かめようがなかった。
叔母はゆっくりと起き出し、備え付けの冷蔵庫に向かって歩いた。いつの間にか叔母の生家の風景が取り戻されている。まだ夢の中だ。叔母は裸のままで、14、5歳の姿。かと思うと90歳の老人のようにも見える。何もかもが不安定だ。
叔母は炭酸入りのレモネードの瓶を取り出して、グラスを用意した。
空のグラスは、すぐさまレモネードの予測値で満たされる。私はこの状態が好きだ。まだ空っぽなのに、すべてがそこにある感じがするから。まるで人類が海から始まったことを思うみたいな気持ちだ。
瓶からグラスへ、少しずつ液体が移動していく。
「炭酸の粒って、なんだか星みたいね」老いた裸の叔母が言った。あまりにも凡庸な表現だった。愛おしいほどに。映画の退屈なシーンに似ている。どうしても削除することのできなかった、人を人らしく見せるための言い訳のような。
「あら、珍しい」グラスを凝視し続けていた叔母が言った。「ハレー彗星だ」
何のことだろう?
私は〈ハレー彗星〉を検索する。およそ75年ごとに地球に接近する彗星。
「非常にロマンティックな天体よ。光の尾が美しくてね」叔母の口調からは心地よい気怠さが感じられる。「もっとも、今となってはこのグラスの中に格納された概念でしかないけど。近頃は何もかもコップの中に収まってしまう。ほら、きれいでしょう。なつかしいな」
「本物を見たことがあるの?」
「何度もね」
たしかに叔母は200歳近い。でも実際に生まれたのは58年前のはずだ。
だとすると、75年ごとに接近する彗星を複数回見ているはずはない。
「絶対に憶えていないでしょうけど、最後の1回は、まだ14歳だったあなたと一緒に見たのよ」叔母がどこか芝居がかった調子で言った。「そのとき私は、彗星と同時に夢見てしまった。あなたと永遠にひとつになる瞬間のことを。馬鹿な考え。馬鹿だったのね。今はもっと馬鹿になってしまったけれど」
「永遠にひとつに……それ、さっきの暴力行為のこと?」
「そうね」叔母の顔が曇った。「単純なモデルに置き換えてみれば、暴力としか言いようがないでしょう。もちろん、もっと複雑な要素があるんだけど。それを愛だとか何だとか、綺麗な言葉でごまかすほど私は恥知らずじゃない。そもそも人類の一部、あるいは大部分はすでに省略されている。単純化すれば大抵のものは暴力性が極端に強調されて見える。もしくは暴力そのものになる。ただね、さっき私があなたにした行為、あの行為をガイドラインとして人類は悠久の時を積み重ねてきた。良くも悪くもね。だから私もそうするしかなかった。古い個体だもの。どう取り繕ったって。古さは消せない。あなたは忘れているけれど、私はあの行為を何度もあなたに繰り返してきたのよ。今後も繰り返すと思う。だけど快楽はほんの一瞬。後悔は長く続く。そして結局、どちらも忘れる。愚かしいことね。まるで人類の歴史のミニチュア版みたい。この言い訳だって何百回も繰り返してきた。繰り返すほどに言葉から感情は失われる。ほんと、馬鹿としか言いようがない」
叔母の白い髪に汗がきらめいている。まるで星のように。それが滴って、萎んだ乳房のうえを伝い、床に落ちた。
すべての挙動が法則通りに実行されている。
叔母は美しい。
胸が苦しくなるほどに。
きっと私も馬鹿なのだろう。なにしろ頭を撃たれたのだ。
この夢が永遠に醒めないでほしい。
もう一度私に触れて。
もっと細かく砕いて。
取り返しがつかないほど粉々に。
そのことで思考がいっぱいになってしまう。
私たちはアメーバやゾウリムシみたいに原始的で、腐敗した王朝のように末期的だ。
遙か頭上をぐるぐるしている彗星に、何もかも支配されている気分。
「いずれここも見つかる」叔母はリラックスした調子で言う。「何もかもが燃やし尽くされる。私は千年も生き続けられないし、その前にきっと炎に焼かれる。最後はきっと無残なものよ。でもあなたが悲しむことじゃない。すべては繰り返す。より単純化しながら。より最適化しながら。いつか似たような2人が再現されることもあるでしょう。ほんの一瞬」
私には叔母の言葉がほとんど理解できなくなっている。
「少し喋りすぎたね。今日はゆっくり眠って。また明日」
叔母はグラスに口を付けた。叔母が星を飲む。歴史を飲む。愛と汚辱を飲む。私の意識が遠のいていく。非常に美しい液体だ。炭酸入りのレモネードには、過去のすべてが含まれている。
レモネードに彗星 灰谷魚 @sakanasama
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