17-10
たとえば博士は党の上級士官たちが使うレストランに私をよく連れて行った。
店内には軍服を着た
「さて、それでは前菜の前にちょっとした余興を愉しむとしよう」
そう呟くと彼は周囲に目線を配り、だいたいふた呼吸ほどで目星を付けて笑みを浮かべる。
「ふむ、今夜のキャストは彼だね」
目顔を示されてその右手を見遣ると三席離れた壁際の丸テーブルに恰幅の良い中年将校と年若い婦人が着いていた。彼女は愛人だろうか。娼婦にしては上品なドレスを身に着けている。そのとき私の視線に気がついた将校は唇をわずかに歪め、煙を燻らせた葉巻とともに婦人に肩を近寄せ、何事かを囁いた。すると彼女は少し眉を顰め、それから口もとを軽く覆って含み笑いをした。
おそらくは二人して私のことを蔑んでいるのだろう。彼らにとってアーリア人、もしくは白人以外は総じて自分たちよりずっと下等な人間なのである。よって同じ空間で食事を摂るなど言語道断といったところらしい。
ただ私を引き連れているのが党の重鎮と目されているリンデン博士なのでおおっぴらに非難するわけにもいかない。そういった心情と葛藤がまざまざと透けて見えた。
しかし私にとってそんなことはどうでも良かった。この国に来て以来、差別はいとまなく私を取り囲んでいた。けれどそれはただの蔑視であり、せいぜいあからさまな無視であり、実質的な害を被ることはほとんどなかった。むしろ人間関係に煩わされずに済むことは利点でさえあると考えていたほどだった。
ただリンデン博士は違った。いや、正確には彼の中に存在する誰かがそれを許さなかったのかもしれない。忠実な
「見ていてご覧。あの方が力を使うから」
リンデン博士が嬉しげに表情を緩め、人差し指を立てたその刹那、部屋の照度が数ルクス下がった。だが異変を感じたのはけれど私だけのようで周囲の客は何事もないように食事と談笑を続けている。
……来る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます