16-13
左足が地面を強く噛んだ。
その足許から再び捻転が伝えられ腰から肩に上がっていく。
損傷している肋骨がパキパキと音を立て、痛みで意識が飛びそうになった。
けれどミシャは構うことなく左手の掌面を前に突き出しニヤリと笑った。
『主よ、そんな痛みなど意識から遮断せよ』
ぐッ……、無茶云うなよ……。
朧げな意識で俺が顔をしかめたそのとき、
「虚空ッ!」
渾身の波動がカイセのタキシードベスト目掛けて打ち込まれた。
大気の震えが四方に放射され一瞬周囲の音全てが無に帰して、そして破裂した。
刹那、響き渡った凄まじい轟音に俺は思わず目蓋を閉じる。
『所詮
痛みに耐え、俺はなんとか再び目蓋をこじ開けた。
すると突き出した左手の先に円形の空洞があり、その向こうに教会のドアが垣間見えた。その光景が何を意味するのか俺は一瞬戸惑い、けれどすぐに理解し次いで言葉を失う。
たしかに虚空は俺にも使えるが、まさかこれほどの威力で撃てるものとは。
それはカイセの腹部に穿った大きな穴であった。
「うっ……ぐっ……ば、バカな……」
苦しげな呟きに続いて、歪んだカイセの口からゴボゴボと音を立てて大量の血が滴り落ちてくる。
ミシャが嘲る。
「ククッ、カイセよ。やはりこれは油断よ。貴様はワシがこの身を預かる前に勝敗を決するべきじゃったな」
「……この私が……よもや人如きに」
巨体がジワリ前のめりに倒れてくる。
するとミシャはそれを避けてトンッと軽いステップを踏んで数メートル後方に跳び退った。
「ほれ、その油断がこの結果を招いたのじゃ。相手が人じゃろうが妖じゃろうが関係なかろう。戦いとなればすべからく最初の一手から全力で向かわねばならぬ。甘く見積もって技を小出しにするなどあるまじき戦法じゃ。ま、ワシぐらいの実力があればその限りではないがのう」
ズズズゥゥーン。
地響きを立てて、カイセが地面に崩れ落ちた。
そして穴の空いた腹がくの字に曲がりポキリと折れる。
「それにワシを相手にした時点で貴様に勝ちの目はなかったのじゃ。鍔迫り合いで力量を見極められなかったそれも油断じゃったかのう」
ミシャが呆れたように肩をすくめて戦評を告げる中、カイセの霊気が速やかに消滅していく。同時に奴が纏っていた黒霧が散り散りに裂け、そこに裸身の少年たちがひとりまたひとりと姿を現していく。
「わ、私の大切なコレクション、家族たちが……」
虚に蠢くその口から漏れる声量はもはや呟きに近く、聞き取るのも難しい。
「ふん、くだらぬのう。それに哀れよな。まあしかし、貴様のように性根の捻じ曲がった人間というものは別に珍しくもない。じゃが、それを霊界にまで持ち越そうなどとするから魔性に付け入られるのじゃ。そんな愚か者に救いなど以ての外、報いとして地獄に堕ちるが良い」
カイセの身体が次第に溶けて薄らいでいく。
それにつれて囚われていた少年たちが次々と姿を取り戻していく。
彼らは皆、一様に呆けたような顔でその場に立ち尽くしたままでいる。
その光景を目に映すカイセは地面に横たわったその四角い顔に未だ怒りの表情を刻みつけ、裂けたまなじりでそれを睨み据える。ミシャはそれを睥睨し、やおら腕組みをして不承不承といった風に言葉を漏らした。
「……とワシはこのまま締めるつもりじゃったが、呆れたことに天界にも酔狂な奴がおってのう。どうやら貴様なんぞにも迎えがあるらしい。ほれ、あそこを見よ」
嘆息とともにミシャが指を上空に向ける。
カイセの瞳がそれを追い、そして刹那大きく見開かれた。
「あ、あれは……まさか……そんな……」
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