16-11

「はあ、仕方がないのう」


 けれどすぐにニヤリと口もとを歪めて低い声で言い放つ。


「しかし諦めの悪い奴はそれほど嫌いではない。それにワシは寛容じゃからな。よかろう、貴様の気の済むまで無駄な抵抗に付き合ってやる」


「―――― ほ、ほざけぇッ!」


 叫びとともカイセの霊気が一瞬にして上空一面に薄く広がった。

 そしてそれはたちまち無数の黒い鏃となりもの凄い速さで一斉に落ちてくる。


「ふむ、絨毯爆撃か」


 そう呟いたミシャは右手を素早く頭上にかざすとそこに鈍い光を帯びた薄い円盤が現れ降りそそぐ鏃をことごとく弾き返した。

 頭の上でギンッギンッと重たい金属音が止めどなく鳴り響く。

 また周囲の地面に突き立った鏃は速やかに黒い液体となって流れ集まり、いくつもの波となってこちらへと押し寄せてくる。

 波の中から次々と黒い手が突き出して足首やふくらはぎをつかみ巻きついた。その途端、またもや冷たく悍ましい霊気が皮膚に滲み入ってくるのを感じて俺は鳥肌を立てる。けれどそれでもミシャは微塵も動じない。そして薄ら笑いを浮かべたまま「なるほど、悪くない」と呟いた。


「じゃがワシにそれは効かぬと云うたはずじゃ」


 フンッと下腹に気合いが込められた。

 するとズズズという地割れのような音が鳴り渡り、同時に足下からを透明な波紋が同心円を描いて拡がった。目を凝らすと波紋に見えるそれは無数の透明な蛇の大群であった。地表を覆ったタールのようなカイセの霊気はその蛇たちによって無惨に喰い散らかされ、呼吸二つもしないうちに跡形もなく消えてしまった。


「ぐぅッ……」


 歯軋りと苦しげな呻きがカイセの口から漏れる。

 ミシャの忍び笑いがそれに重なる。


「今回も三つか」


 目を戻すと先ほどと同様に青白い光球がすぐそばにあり、やはり三人の少年が生まれたままの姿、ぼんやりと呆けたような顔つきでその中に入っている。 


「―――― か、返せ」

たわけめ、返すはずがなかろう。じゃが、いちいち天界の暇人どもを呼ぶのも面倒じゃ」


 ミシャは口をへの字にしてそうこぼすと囁くように呪文を唱えた。

 すると光は少年たちを包んだまま放たれた風船の如く高く舞い上がる。


「まあ、あの辺りなら貴様の手が届くこともあるまい。まあ、それに届いたとしてもワシを相手に取り返す余裕もなかろう」


 遥か上空に浮かぶ光球を見上げたカイセが再びギリギリと奥歯を鳴らした。

 けれど湧き立つ霊気はさっきよりもずっと弱く、黒々と纏っていた霧は薄れてタキシードのカフスまでくっきりと見える。


「あとはいくつじゃ、ひい、ふう、みい……。八つか九つといったところか、ふふふ」


 ミシャが薄ら笑いで指を折った。

 もしここに傍観者がいれば、どちらが悪霊かよく分からない所作だ。

 見るとカイセはいつのまにか肩で息をしていた。

 おそらくはもう攻め手が尽きたのだろう。

 ならば勝敗は決着したと言っていい。


『ミシャ、もういいだろう。ひと思いに奴を……』

『ふふん、ぬしの目はどうしようもなく節穴じゃのう』


 その受け答えに俺は首を傾げた。

 すると次いで呆れ果てたような口調が続いた。


『あのな、はじめからカイセは雑魚じゃとワシは云うておったはずじゃぞ。彼奴あやつはいわゆる前座に過ぎん。ワシが楽しみにしておるのはこの後のである』

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