16-10

 ―――― こいつはやはり桁違いのモンスターだ。

 

 咆哮するカイセを目の当たりにして俺は密かに内省する。

 ここまでミシャがあまりにも事も無げにあしらってきたせいで危うく奴の力を下方修正してしまうところだった、と。


 現在に至るまでに俺が遭遇した数多の妖を霊力によって等級分けするとしたら、間違いなくカイセはそのピラミッドの頂点、S 級に分類されるだろう。

 これは単体の悪霊としては極めて破格だ。

 通常、心霊というのはたとえどれほど強い未練や恨みを現世に残していたとしてもそれほど大きな霊力を持つことはない。たとえば地縛霊となって付近を通りかかった者にちょっかいを出したり、あるいは誰か個人に取り憑いて体調不良に陥れたり怪現象を視させて怯えさせる、だいたいその程度が関の山だ。

 もちろん一般人にとってはそれでも十分に恐怖の対象となり得るが、俺たち妖祓いを生業にする者たちにしてみれば有象無象取るに足りない存在であり、祓おうと思えば造作も無く終わることがほとんどだ。

 ただしその範疇を超えた力を手に入れてしまう突然変異的な霊体も当然ながら存在する。

 たとえば学校や病院といった負の感情が溜まりやすい場所に居着いた悪霊は陰湿なエネルギーを取り込んで膨らみ、あるいはそれを求めて寄り集まってきた複数の霊体と一体化して強大な霊力を手にいれてしまうことが多々ある。

 そしてそういう過程によって出現する巨霊や集合霊は時としてそのほとばしる霊力を物理的に変換して原因不明の火事や崩落事故を引き起こしたり、あるいは手当たり次第に負のエネルギーを増幅拡散させて殺意や自殺願望の吹き溜まり温床を作り出してしまったりするので至極厄介である。またそのような強い悪霊を祓うにはやはり周到な準備と手間が掛かるし、それなりに危険も伴うので力及ばずミシャに加勢を請うことも少なくない。

 だから悪霊といえど決して侮ってはならない。

 俺はそのことを普段から肝に銘じているつもりだ。


 けれどその一方で霊界を含む妖界や、それらを包括する地獄界や神界までを含めて比較してみれば、どれほど凶悪であろうとも悪霊の存在など所詮は塵芥に過ぎないということもまた真実である。

 つまり大蛇神であるミシャと悪霊カイセではそもそもその存在カテゴリーが違い過ぎて相手にならないのだ。

 喩えれば太陽と月、あるいは水たまりと海ほどに二人の力量差はかけ離れていると言っても過言ではない。よってこのままミシャにまかせておけばこの戦いに決着がつけられるまでそう長くは掛からないはずだ。


 そう確信できるのに、けれどなぜだろう。

 今も俺の胸には不安の雲が渦巻いている。

 怒りを打ち震わせ黒焔のような霊気を巻き上げるカイセに未だそこはかとない不安と恐怖を覚えずにいられないのだ。

 カイセの力が悍ましくも奴が家族と呼ぶ子供たちの怨嗟と恐怖の感情によって増幅されていることは明白だが、仮にそれを取り除いたとしても本来の核の部分だけでやはり悪霊としては異次元、充分に祟り神級であると俺は見積もっている。

 いったい奴はこれほどまでの力をどうやって手に入れたというのだろうか。

 また普通なら膨らみ過ぎた霊気が散漫となり、明確な意思や人格を形成しないはずの巨霊がこのように人の形を保ったまま悍ましい願望を保ち続けていられるのはいったいなぜか。

 俺の憂いの根源はそこにあるような気がしてならない。

 ミシャはそのことに違和感を抱いてはいないのだろうか。


 そのミシャは荒れ狂って昇り立つドス黒い霧をさも詰まらなさそうに見つめ、次いで腕組みのまま軽くため息をついた。


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