15-5
『ねえねえ、ところでキヨちゃんは何歳なの』
『………………えっと、数えで享年十二……歳……ですけど』
『そうなんだぁ、ふ〜ん。あ、じゃあさ、オシャレとか興味あるんじゃないかな?』
『……お……しゃれ……?』
『そうそう、髪型とか服とかさあ』
『……別に。姿……変えられないし』
『えー、そうなのぉ残念。私、キヨちゃんの髪いじって、可愛いお洋服着せたいんですけど〜。う〜ん、想像するだけでめっちゃかわええやんか〜』
『…………』
そうやって戯けて喋りかけると終始戸惑い顔だったキヨちゃんの頬に少しずつ赤みが灯ってくる。
生前の彼女のことは昨夜、マーシャから聞いた。
気の毒などという生半可な言葉では言い表せないほど悲惨な結末で生涯を終えた彼女は、しかも今でも悪霊から弟を取り戻すために歯を食いしばって成仏を拒み、この世に残り続けているのだという。
キヨちゃんの境遇を想うと本当に胸が苦しくなる。
とはいえ話を聞いただけでは正直それほど実感は伴わなかった。
けれど姿が見えるようになり、前を行くその痩せほそった小さな肩を見つめていると抱きしめてあげたいという衝動に何度も駆られた。
守ってあげたい。
少しでも安んじてあげたい。
心からそう思う。
けれど実際に守ってもらっているのは私たちの方だ。
もちろん分かっている。
それでも何か自分にできることはないだろうか。
そう思った私はさすがに場違いではないかとためらいつつもつい軽口を向けてしまった。
キヨちゃんが不機嫌になるようならすぐに止めようと決めていた。
けれど彼女は困惑しながらもポツポツと言葉を返してくれた。
だから私もあまり気を遣ってないふりで喋りかけることにした。
まあ、喋るといっても頭の中で言葉を思い浮かべるだけで疎通できてしまうのはかなり不思議な感じがしたけれど。
『ねえ、キヨちゃん。好きな食べ物ある?』
『…………えっと、か、かりんとう……かな』
キヨちゃんの肩が恥ずかしそうにちょっと窄んだ。
『あ、かりんとうかあ。私も大好きだよ〜。でもアレ、食べ始めると止まんないんだよね〜。気がつくといっつも袋が空になっててさあ、えへへ』
自分の頭を拳でコツンと叩くと振り返った彼女が微かに頬を緩めた。
『……お、お父さんがね、街でお米や野菜を売った帰りによく買ってきてくれたの。コウジロウと私で分けっこしたからちょっとずつだったけど、すっごく甘くて美味しかった……』
切なさが押し寄せて一瞬、胸が詰まる。
けれど私はその感情が気取られないように念を返した。
『へえ、そうだったんだね。じゃあさー、この件がひと段落したらスイーツパーティーしようよ。さっちゃんや睦月くん、コウジロウくんも一緒にさ。あ、でもマーシャはどうしようかな。まあ、特別に仲間に加えてやってもいいけど、アイツ陰キャでしょ。目付きも悪いし雰囲気悪くなるのヤなんだよねー』
するとキヨちゃんは驚いたような顔で私を見つめた後、少しためらうようにひと呼吸ほど間をあけて尋ねた。
『……コウジロウも?』
私は大きく頷いてみせる。
『当たり前じゃん。みんなでお菓子いっぱい持ち寄ってワイワイやろうよ。絶対楽しいからさ』
サムズアップを向けると彼女は慌てたように正面に顔を戻した。
そしてしばらくして彼女は前を向いたまま『……うん』と頷いた。
弧を描いて降りていく前庭の小径。
雨上がりの霧はさほど濃くない。
けれど花壇に咲き誇っているネモフィラやパンジーはその白い膜に虚しく鮮やかさを消されて黙っている。
左手に建つ
目線を上げると十字架の立つ尖塔が霧に霞んで見えた。
マーシャによればあの辺りに悪霊が潜んでいるのだという。
試しに遠くの気配を探るように意識を集中させてみたが私には何も感じられない。霊力を付与してもらったとはいえ、そこまでの力はないということだろう。
やはりキヨちゃんを当てにするしかないようだと諦めて私はやや力を抜いた。
さつきパパが私の数歩後ろを着いてくる。
私は時々振り返ってその様子を確かめた。
その顔には緊張と恐怖がないまぜになった表情が張り付いていた。
「柏木さん、大丈夫ですか」
「ああ」
無理やりの作り笑顔も痛々しく、彼は潜めた声で訊く。
「それより何か動きはないだろうか」
「ええ、今のところ特には……」
滑るように小径を進んでいくやや透き通ったキヨちゃんの姿を見つめてそう答えるとしばらくして私の背中を沈んだ声色が突いた。
「本当に申し訳ない。キミまで巻き込んでしまって」
私はとっさに振り返って大きく首を振る。
「とんでもありません。こちらこそ勝手に首を突っ込んでしまってご迷惑だったのではないでしょうか」
今度はさつきパパが小刻みに首を振った。
「いや、全然。キミのおかげでみんなの緊張感やストレスがずいぶんと薄らいだと思う。特にさつきのそばに城崎さんが着いてくれていて助かったよ」
「あ、でも、さつきさんはしっかりしてるから私なんかいなくても」
そういって少し照れ笑いを浮かべた私にさつきパパが今度は少し大袈裟に見えるほど首を横に振った。
「あの子はね、しっかりしなきゃと身構えているだけなんだ」
「え?」
不審げに首を傾げると彼は足を速めて私の横に並んだ。
「……母親を亡くしてからずっとね」
それはうっすらとしたため息のような言葉だった。
私は黙って顔を前に向けた。
記憶を遡ると頷けるところが大いにあった。
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