15-3
俺は集団を二つに分けることにした。
本隊は睦月、さつき、雑賀さん、俺。
別働隊として宗佑氏、綾香、そしてキヨ。
オーソドックスな作戦だが概要はこうである。
まず別働隊が正面玄関から出て前庭をゆっくりと降り進み、そして左手の木立を抜けてガレージへと向かう。キヨは抜け穴から出て玄関先に先回りしておいてもらう予定だ。そしてできるだけ実体を明確に保ちながら宗佑氏と綾香の二人に同行する。そうすればキヨの霊気を感じ取るであろうカイセはおそらくそちらに気を取られるに違いない。キヨが屋敷から離れられる距離はせいぜい木立までらしいが十分だ。
そのすきに俺たち本隊は勝手口を使い、最短距離である裏庭の小径を通ってガレージへと向かう。
つまり別働隊は
当然ながらカイセに襲われる危険性も高いが、それもキヨの力でカバーしてもらう。
もしカイセが近づいて来る気配があれば、事前に霊感知能力を高めておいた綾香(互いの額を当てて霊力を送る術を施した。綾香が文句を並べつつもいやにはしゃぐのでやり辛かった)にキヨがそれを知らせ、できるだけ速やかに屋敷へと戻る手筈になっている。
カイセの歩みはそれほど速くないので奴が教会付近にいれば問題なく間に合うだろうとキヨは推した。もし不測の事態が起きたとしても宗佑氏や綾香に興味がないはずのカイセはただの囮であると気づけばそのまま捨て置く可能性が高いし、万が一の場合は睦月の時と同じようにキヨが一時的に二人を霊界へ避難させる算段になっている。
この作戦のミソはスピードとタイミングだ。
また別働隊の動きにカイセがどう反応するかを見極めなければならないが、ミシャなら離れていても容易に可能だろうし、キヨも念を使ったアラートで奴の動きを逐一こちらに知らせることになっている。
まあ、ここまで準備すれば完璧だろう。
ハッキリ言って我ながらやり過ぎだと思わないでもないが、俺は鉄骨の橋でも隈なく叩いて渡る性格だ。
憂いは少なければ少ないほど良い。
時刻は七時半を過ぎた。
どうやら雨は上がったようだが、空はまだ厚い雲に覆われていて外は薄暗い。
気温は五月も半ばが近いというのに肌寒く、晴れていれば吹き抜けの天蓋から差し込む光を眩しく照り返すはずの大理石の床はひっそりと息をひそめるように灰色で冷たい色をしていた。
「では、お気をつけて」
正面玄関の背の高い木製扉の前に立った宗佑氏にそう声を掛けると、彼は振り向き硬い表情で頷いた。
「ああ、石破くんもな。そして子供達のことをくれぐれも頼む」
「はい、必ず無事に避難させますから安心してください」
そう答えると彼はもう一度頷き、玄関扉に向き直ってステッキを縦にしたようなドアの持ち手を握った。
「それじゃあマーシャ、手筈通りに頼んだわよ」
ブレザーの制服姿に戻った綾香がこちらを振り返り、軍人のような敬礼ポーズを取る。
「いや、それこっちのセリフなんだが」
俺は困り顔で軽く首筋を撫で、それから出来るだけ抑揚なく言い添えた。
「綾香も気をつけろよ。キヨの言うことをよく聞いて、ヤバいと感じたら全速力でここに逃げ帰ってくるんだぞ」
「分かってるって」
笑ってウインクした綾香もまたドアへと向き直った。
ああ、こいつは本当に状況を理解しているのだろうか。
その俺の心配をよそに小さく擦れた音を残して玄関のドアが開いた。
すると思いがけず視界に白い光景が広がっていく。
どうやらいつのまにか霧が出ていたようだ。
外に踏み出していく二人の向こうに教会の尖塔がぼんやりと霞んで見える。
俺は彼らを追うように数歩足を運んだ。
そして開け放たれた扉に手を掛けて周辺の様子を探ってみる。
ふと霊気を感じて視線を流すと玄関ポーチの向こうですでにキヨが佇んでいた。
すると彼女もこちらに気がついて軽い目配せをした。
『頼んだぜ、キヨ』
俺は力強く念を飛ばし、それから軽く伏し目になって頭の中に問う。
『ミシャ、カイセはどうしてる』
『変わらんな。教会の手前あたりにおるようだ』
『こっちの動きを察してないか』
『ふむ、今のところそういう気配はないのう』
『そうか』
通信を切り、目線を上げるとポーチの端に立った二人が振り返った姿勢で俺を見つめていた。そして合図をするように俺が顎を落として見せると彼らも同時に頷きを見せ、それから前庭の小径へと踏み出していき、キヨがそれに続いた。
その瞬間、なぜかここで彼らを引き留めた方が良いような予感に襲われた。
けれど俺はその微かな衝動を飲み込んで霧に消えていく三人を黙って見送った。
そしてキヨが着いていてくれれば滅多なことは起きないはずだと改めて自分に言い聞かせる。
さて、こちらも準備をしなければならない。
扉を閉めた俺はサッと踵を返し、早足でホールを突っ切ってキッチンへと戻った。
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