15-2

 キッチンに戻ると宗佑氏と雑賀さんがすでに準備を終えて待っていた。


「それじゃ、行きましょう。皆さん、手筈通りにお願いします」


 声を掛けると二人は同時に頷いて目配せをし合い、俺たちが立つドアの方へと歩いて来る。


「しかし石破くん、本当に大丈夫なのかな。私はともかく……」


 憂え気な宗佑氏の表情に俺は軽く頬を緩めてみせた。


「ええ、問題ありません。いざというときの手もちゃんと打ってありますから」


 ふむ、と宗佑氏は頷いたものの、やはり表情には憂慮を滲ませている。

 

 まあ、ここは信用してもらうしかないな。


 その想いで精一杯の真顔を差し向けると彼は嘆息とともにもう一度肯首して、それから気遣わしげな目線を俺の真横に流す。


「それじゃ睦月とさつき、絶対に石破くんから離れるんじゃないぞ」

「うん、分かってる」


 さつきがハッキリとした声で答え、睦月がその横でわずかに頷いた。

 次いで宗佑氏は雑賀さんへと目線を上げる。


「小雪さんも気をつけて」

「はい、ありがとうございます。お二人のことはお任せください」


 やや硬い笑みを浮かべた雑賀さんがやや間を置いて続けた。


「旦那様こそお気をつけください」

「ああ、ありがとう」


 すると俺の背後でやはり緊張の場にそぐわない朗らかな声を出した奴がいた。


「小雪さん、ご心配なく! 旦那様は私、城崎綾香がしっかりとお守りしますからね!」


 俺はやおら痛みが差し込んだこめかみに指を当てた。


「ええと、お前が一番心配の種なんだが」

「ああん? 何がよ」


 不貞腐れた綾香に俺は怪訝な顔を振り向かせる。


「いや、ちゃんと分かってんだろうな、作戦の主旨」

「失礼ね、完ッ全に理解してるわよ。でも悪霊が来たら上段回し蹴りでぶっ倒すから大丈夫だって。なんたって私は空手も有段だしね、ふふん」

「あのな……」


 そう言って正拳突きを始めた綾香に頭痛がさらに酷くなった。

 そして思わず額に手を当てて顔をうつむかせると目線の先にぼんやりとした着物姿の少女が現れる。

 俺は他の者に気取られないように彼女を見つめて念を送った。


『キヨ、見ての通りお前だけが頼りだ』

『うん、分かってる。でもやっぱりちょっと気掛かりね、あいつの動き』


 朝食前、密かに暖炉に赴いた俺はキヨを呼び出して相談を持ちかけていた。

 彼女は立てた作戦についてはおおむね了承し、そしていくつかの懸念を共有した。


『そうだよな』


 俺が首筋を撫でるとキヨはダイニングの奥の窓に目顔を向ける。


『ええ、こんなに長い時間、霊気を放ち続けることなんてこれまでになかった。息を潜めて獲物が通りかかるのを待つのがカイセのやり方だから』

『何を企んでいるんだろうな』

『さあ、でもあなたの中の恐ろしい人なら分かるんじゃないの?』


 もちろんミシャのことを打ち明けたわけではない。

 どうやら意識体ダイブ中の俺を覗き見て、それとなく感じ取ったようだ。

 キヨは聡いと改めて俺は内心、舌を巻く。


『いや、さすがにそこまではな。それより抜け穴の方は大丈夫か』


 はぐらかすようにそう訊くと彼女は軽々と何度か顎を下げた。


『問題ないよ。かなり分かりにくい場所だし、あいつには見えないように細工しているもの』


 やはりキヨは結界の綻びに気がついていたようだ。

 それどころか消えかけた障壁にはカイセに気づかれないようにとカモフラージュを加えて保護していたらしい。


『そうか。じゃあ、後のことは頼んだ』

『うん、こっちは心配しなくていい。そっちこそ気をつけてね』


 俺が頷くとキヨはフッとその場から姿を消した。


 

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