14-5
パチン。
それはとても小気味よく乾いた音だった。
「さっちゃん……」
綾香は呟いたものの歩み寄ろうとはしなかった。
雑賀さんも宗佑氏も無言でその成り行きを見詰めている。
両の目蓋から止めどない涙を滴らせるさつきを誰も咎められるはずもなかった。
「取り消しなさい」
さつきは涙声を震わせながらなおも睦月を睨め付けた。
睦月は叩かれた頬を押さえながらも、反抗的な目つきで姉を見上げる。
「なにを?」
「お母さんがあんたを鬱陶しいなんて思ってたはずがない」
「思ってたさ。姉さんが気づいてなかっただけだろ」
さつきが再び右手を振りかざした。
けれど今度はさすがにその手を止めようと綾香が素早く走り寄る。
するとその矢先、さつきは両手で顔を覆いその場にしゃがみ込んだ。
「どうして……どうしてそんなこと……」
悔しくてギリギリと噛み締めた奥歯から漏れ出てくる嗚咽。
その姉を横目に見下ろす睦月の無表情は、けれど俺の目にとても苦しげに映った。
それは早朝に交わした二人だけの会話のせいだったかもしれない。
けれどだからといってその場で俺にできることなどなにもなかった。
綾香に背中をさすられるさつきを睦月と同じようにただ見詰めているしかなかった。
そのうちに宗佑氏が場を取りなすように言った。
「睦月、よく打ち明けてくれた。辛かったろう。だがそうしてしまった責任は父さんにある。二人とも済まなかった。そしてこのことについてはしっかりと三人で話し合わなければならないだろう。けれど今はその時間がない。とりあえずこの屋敷を離れて安全を確保することが先決だ。二人とも分かるな」
その言葉に睦月は微かに頷き、さつきは涙声で「うん」と返事をした。
「そうとなれば早速行動に取り掛かるとしよう。石破くん、どうすればいいだろうか」
水を向けられて俺はすぐに聞き返した。
「柏木さんの車はどこに置いてあるんですか」
「この屋敷の裏手、前庭を降りて左側の木立を抜けたところにあるガレージだ」
「そうですか」
俺はひとしきり考えてからあらかじめ用意していた手順を打ち明ける。
「どうやらカイセは現在教会の近くにいるようです。ある程度距離がありますからそう簡単にこちらの行動を気取られることはないと思いますが、用心するに越したことはありません。それで、できれば正面玄関は使いたくないんですが……」
「それなら勝手口から出ればいいんじゃないかな」
そういって雑賀さんがキッチンに向かって右端、オーブンレンジの横にある小ぶりな扉を指差した。
「あの奥は食糧庫だけど外に出られるドアがあるの。教会からはこの建物が影になって見えない場所なのでちょうど良いと思うんだけど」
その案に俺は頷いた。
そして宗佑氏が立ち上がり「じゃあ早速……」と号令を発しようとしたところで俺はひとまずそれを止める。
「ちょっと待ってください。念には念を入れましょう」
そしてひとつ策を打ち明けて全員を見渡すとそれぞれがその案を一考して頷いた。
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