14-2

「ど、どういうことですか、石破さん」


 真っ先に声を上げたのはさつきだった。

 見るとその目は大きく見開き、言葉を発したままの唇も閉じられずにいる。

 また、その後ろにいる綾香もまた同様に惚けたような顔つきになっていた。


「さあな、どういうことかよく分からんからこうして訊いている。体調もメシが食えるほどには良くなったようだから答えられるだろうと思ってな」


 そう言って目線を戻すと睦月はすこぶるバツが悪そうに俺の視線を避けてうつむいた。予想通りの反応だ。睦月は俺たちに何か重要なことを隠している。

 そこで俺はひとつ息を軽く吐き、テーブルの席に着いた全員をサッと見渡した。


「というか、昨日の彼の行動についてなぜおかしいと思わなかったのか、俺はみんなにも尋ねたいくらいですけどね」

「えっ、どうしてですか?」


 雑賀さんが怪訝な顔つきをこちらに向けた。

 俺はおもむろに腕組みを作り、その疑問に答える。


「だって、睦月は自室で眠っていたんですよね。もし悪霊を見たり、近づいてくる気配か何かを感じたのならそのまま布団を被ってジッとしているのが普通の反応でしょう」

「でも、それは怖くてパニックになったから……」


 雑賀さんがそう思ったのも無理はないが、やはりそこには矛盾がある。


「それなら階下に降りてから取る行動は一択です。睦月は真っ先にキッチンに駆け込んで雑賀さん、あなたに助けを求めたはず。それなのに雑賀さんが見たとき、彼は玄関の方を向いてぼんやりと立ち尽くしていた」


 瞬間、全員がハッとした表情になった。

 けれど、いち早く綾香が切り返す。


「あ、でもでも、えっと、だとしたら階段を降りたところで悪霊と鉢合わせしたとか。それで恐怖で立ち尽くしていたところにキヨちゃんが現れて、みたいな」


 その仮説に俺は頷き、そして答える。


「可能性は考えたさ。でもそれもやはりあり得ない」

「え、どうして?」


 俺はその疑問符に答えるべく、顎に右の拳を当てる。


「そうだな。いくつか挙げられるが、まず第一にカイセという悪霊は今のところこの建物の中には入れないというのが最大の理由だ。つまりそのとき睦月は悪霊を見ていなかった、ということになる」


 その説明に全員が絶句する気配が立ち込めた。


「……石破くん、それは本当なのか」


 たどたどしく口を開いた宗佑氏に俺は顔を向けた。


「ええ、間違いないと思います。たとえば息子さんが体験した二つ目の事件を憶えてますか。深夜いくつもの霊を従えて徘徊していた巨人の悪霊は彼の存在に気がついて飛び掛かってきましたが、幸いにもそれは未遂に終わりました。そのとき彼は巨人が壁にぶつかった音を聞いたと言います。ですが基本的に霊体は人工物をすり抜けることが可能です。それが出来なかったということはこの建物は霊体にとっても障壁となっていると考えていいでしょう。しかも強大な力を持つカイセにも打ち破られないほどの、ということは……」


 俺の開示に宗佑氏が喉を鳴らす音がゴクリと聞こえた。


「それはもしかして……」

「ええ、そうでしょうね」


 素軽く頷くとさつきがおどおどとした声で確かめた。


「えっと、つまりそれは蒲生なんとかという人が……」

「ああ、それしか考えられない。先代の鉄心斎は戦国の砦のようにこの屋敷内に幾重にも緘印の術を掛けたんだろう。そして無論この建物全体にも、だ」


 さして抑揚もなくそう答えると次いで不審げな声が続く。


「え、じゃあ、なに? 悪霊がこの建物に入れないってことは昨日から厳戒態勢でここに立てこもっていたこと自体、無意味だったってこと? 緊張で食欲は湧かないし、夜も眠れなかったっていうのに? どういうことか説明しなさいよ、マーシャ」


 半分キレ気味の綾香に思わず呆れた声が出た。


「……いや、論点がおかしいだろ、それ。というか、お前は誰よりもしっかり食って、ぐっすり眠っていたと思うんだが」

「そんなことないわよ。普段の私なら昨夜のペペロンチーノはあと一皿余裕でいけたし、今朝のクロワッサンだって倍は食べられたはずだもん」


 さつきの背後、腰に手を当てて頬を膨らませる綾香に俺は哀れみの視線を向ける。


 じゃあ普段、お前どんだけ食ってるんだよ。

 それって女子高生の食欲じゃねえぞ。

 そしてなんで太らないんだ。


 くだらない疑念に苛まれた俺が黙って哀れみの視線を向けていると、それを反省の意と捉えたのか綾香はさらに勢い付いた。


「ふふん、なんとか言いなさいよ、マーシャ」


 不条理なマウントが癪に触った。

 だが、よくよく曲解すればその非難にも一理あると俺は気付く。


「まあ、何も起こらなかったから結果としては徒労に終わったといえるかもな」

「認めるのね。じゃあ、謝りなさい。そしてバツとして今度私のショッピングに付き合うこと。いいわね!」


 あのな、どうしてそうなる。

 そして綾香の荷物持ちは絶対にごめんだ。

 俺は両腕に小洒落た紙袋をたわわに実らせた自分を想像して身震いし、それから綾香を諭すように声を鎮めて反論を呟く。


「しかし昨夜カイセに襲われる可能性も確かにあったんだ。だから警戒は無駄ではなかったと俺は信じている」

「なにそれ、矛盾してる。さっき自分が言ったんじゃない。この建物の中は安全だって」

「そうだな。けれどそれはここが完全なる聖域として保たれていればの話だ」


 反論を用意していた綾香の口が開いたまま止まった。

 同時に全員の視線が俺に集中するのを感じた。

 そしてひと呼吸おいて綾香の表情が怪訝に歪む。


「……ど、どういう意味よ」


 俺はコツコツと人差し指でテーブルを二回ほど弾き、それからゆっくりと解説を始めた。

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