11-8

 「ちょ、ちょっと真咲。あんたなに言ってんの」


 予想通り綾香がそうツッコミを入れ、柏木は目を丸くする。

 けれど柏木氏はホッとしたように息を吐き出し、それから俺に問うた。


「もちろん構わない。ちなみにいかほどだろうか。準備もあるから一応聞いておきたいんだが」

「そうですね。とりあえずこれぐらいでしょうか」


 俺はおもむろに指を三本立てて前に突き出した。


「三万円ですか」


 柏木の予想金額に俺はゆっくりと首を横に振る。


「三十万か。……まあ、この場合それぐらいが相場かもしれないね」


 柏木氏の言葉に、けれど俺はまたしても首を縦に振らない。


「え、そ、それじゃまさか……」


 息を呑んだ綾香の声に俺は満を辞して顎を落とすとその刹那、高笑いが響き渡った。


「あっははは……なあんだ、三千円!? もう、どんな大金を要求するのかと思ってちょっと焦ったじゃない。真咲、あんたさ、しきみなんて陰気なものを毎週買ったりするからお小遣いが無くなっちゃうんだよ。まあ仕方ないから、今回は私が貸してあげるけどさ。あ、もちろん利息はトイチということで、あはは」


 俺はその綾香にひとしきり冷ややかな視線を向け、改めて無表情のまま首を振る。


「なに、遠慮してるわけ」

「違う。ていうか、お前ちょっと黙ってろよ」


 そう言い放つと綾香は露骨に唇を突き出した。

 そして彼女が文句を言い募ろうとしたその矢先、それを押し留めるように柏木氏が重々しく口を開く。


「三百万円。……ということだろうか」


 俺はその提示にようやく首を縦にすることができた。


「ま、真咲、なんの冗談……」


 綾香の絶句に続いて柏木さつきもじわりと呟く。


「そんな、……石破先輩、いったいどういうつもりなんですか」


 声には軽蔑が色濃く感じられたが、俺は肩をすくめてみせるに止めた。

 けれど柏木氏は何度か無言のまま肯き、それから俺の目を静かに見つめる。


「分かった。用意しよう」

「お父さんッ」


 柏木が父親の肩口から瞠目を向けた。

 次に綾香が椅子を蹴って立ち上がる。


「真咲、あんたいい加減に……」

「要るんだよ、それぐらいは」


 やや強く放ったその言葉に一同が押し黙った。

 そしてやや間をおいて柏木氏が訊く。


「……要るとはどういうことだろうか」


 俺は返答の代わりに情報をひとつ開示した。


「お話に出てきた僧侶のような格好に派手な着物を肩掛けにした人物。実は心当たりがあります」


 矢庭に柏木氏が腰を浮かせた。


「本当なのか。私もずいぶん探してみたが結局分からなかったんだ。教えて欲しい。あの人がいったいどういう人物で、今どこでなにをしているのか」


 どう答えるべきかと思案しつつカップを持ち上げひと口それを啜った。

 するとすっかり冷えてしまったコーヒーの苦味が喉先を満たし、俺はわずかに顔をしかめて切り出す。

 

「加持祈祷というものをご存知ですか」

「カジキトウ……」


 そう呟いた柏木氏の頭上にありありとクエスチョンマークが浮かんだ。


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