11-7
そこで柏木氏はそれまでの比較的穏やかな表情を不意に消し去り、ゆっくりと眉根に深い皺を刻んだ。
おかしな現象が睦月に起こっているとさつきから聞かされた時、その殻の一部にひび割れが入ったような気がしたんだ。
まるで雛が生まれる際に内側から卵殻を突き破るみたいにね。
すると次いでそのわずかな隙間から幼い頃の記憶が次々と吹き出してきて、私は激しく動揺した。
大好きだった兄の姿、声、そしてその太陽のような笑顔や一緒に遊んだ思い出が鮮明な映像となって走馬灯のように私を取り囲んだ。
同時に事件の後、両親にすげなく扱われた時の気持ちが真っ黒な雲となって胸に立ち込めシクシクと冷たい雨を降らせてきた。
そして最後にあの奇妙な格好した人が現れて私にこう言ったんだ。
『ま、その子もいずれ連れて行かれるだろうね』、と。
柏木氏は話を区切り、眉間の皺をそのままにうつむき深い深いため息を吐いた。
そして再び顔を上げると俺をしっかりと真正面に見据えてこう明かした。
「これは警察などの一般的な捜査機関には決して手に追えない案件だ。しかしだからといって、誰に相談を持ち掛ければ良いのか皆目見当もつかない。一応、伝手を頼って何人かの自称霊能者に会ってみたけれど、どれもまるっきり胡散臭くてとても信用には値しない人物ばかりだった。また僧衣に派手な着物を肩掛けにしたあの人物についてはいくら調べてもその手掛かりさえつかめなかった。そんなとき、さつきから学校の先輩に力になってもらえそうな人間がいると聞いて私は一縷の望みを持ったんだ。そして私はさっきその人に信じがたい奇跡を見せてもらった。だから石破くん……」
柏木氏が膝に手を遣り、そして頭を下げた。
「私はキミに全てを任せたいと思う。どうか睦月を悪霊から護ってやってはもらえないだろうか」
そして彼は再び顔を上げるとメガネを押し上げ、それから隣の椅子の座面から古めかしい帳面を取り上げてテーブルに置いた。
「これは祖父の日記だ。サロンの二階にあったらしい。先日、小雪さんが見つけてくれてね」
柏木氏がキッチンに目を向けるとそれに気がついた雑賀さんが軽く微笑んだ。
「最初に話した過去の事件などの詳細は全てここに記されていたことなんだ。けれどもちろん記述を全て伝えられたわけじゃない。だからキミにも目を通しておいてもらいたいんだ。悪霊について何か他に有益な情報が隠されているかもしれないからね」
そう言って彼はその濃褐色に燻んだ革表紙の日記帳を指先で俺の方に押しやった。
話の一部始終を黙って聞いていた俺はややあってそこでようやく口を開いた。
「分かりました。これは柏木、あ、いや娘さんから依頼された案件でもありますから引き続き解決に向けて尽力したいと思います」
「おお、そういってもらえると心強い。では睦月をよろし……」
「ただし」
俺は鋭い口調を挟み、柏木氏に向けて人差し指を立てて見せた。
「付帯条件をひとつ追加させてもらいます」
「なんだろうか。私にできることならなんでもするが」
「まあ、貴方ならあまり問題はないと思いますよ。柏木コーポレーションのCEOですからね」
少し頬を緩めて放った俺の言葉に柏木氏は不審な表情を作った。
また斜向かいの綾香も首を捻り、続いて柏木が父親の背後に立ち、やはり疑わしげな顔を俺に向けた。
「どういうことだろうか」
尋ねた柏木氏に俺は軽く肩をすくめて告げた。
「少々、現金を所望したいと思います」
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