11-9

「加持とはもともと密教の修法で少し複雑な宗教的意味合いも含まれていますが、この際とりあえずと同義と捉えてもらって結構です。また祈祷とはご存知の通り自己を崇拝対象に委ねて祈ること。つまり加持祈祷とは神仏に祈って加護を受ける宗教行為を指すものでこの国では仏教伝来以降、形を変えながらも病気や災厄を祓うための民間伝承のひとつとして息づいてきました」

 

 そこでコーヒーカップをソーサーに戻して少し間を置く。

 そして向けられた瞳にさっと目を配ってから俺は話を続けた。


「その中で平安後期、怨霊封じに特化した加持祈祷を行う修験僧の集団が派生したといいます。なんでも彼らの術を用いれば霊体や妖体を捕獲して意のままに操り、狙った人物に取り憑かせたり、飼い慣らして刺客として使役することさえ可能だったとか。その類稀な霊力を聞きつけた権力者たちがこぞって彼らを配下に加えようとしましたのは言うまでもありません。霊体や妖を使えば一切証拠を残すことなく政敵を暗殺したり、あるいは取り憑かせて籠絡することが可能ですからね。敵の多いものにとっては喉から手が出るほど欲しい力であったに違いありません。結果、彼らの価値は青天井で吊り上がりました。そしてより多くの金を積み、他の誰よりも抜きん出た高待遇を約束できた者にだけその力が与えられたというわけです」


「そんなことが……」


 全く信じられないといった風に眉根を寄せた柏木氏に向けて俺は話を継ぐ。


「彼らの術は時代時代の裏舞台で常に重宝され続けてきました。一説にはこの国の歴史が動くとき、その影には必ず彼らの暗躍があったと云われます。たとえば織田信長が信じられないほどの軽装で本能寺に入ったのは彼らの拐かしの術に嵌った由であるとか、坂本龍馬の暗殺は彼らが操った霊鬼の所業だったとか、あるいは我が国の歴史上最大のクーデター二二六事件があれほど簡単に為せられてしまったのは彼らが妖を使って手筈を整えた結果であったとか、そういう逸話には事欠きません。けれどそれだけに彼らの存在はいつの時代も最重要機密として厳重に秘匿され続けてきました」


 俺は不吉を払うようにそこで唇をひと舐めした。


「その妖遣いの一派にはいくつか俗称がありますが、正式には陰陽加持修験、隷鬼れいき党と呼ばれ、一族を統べる者の名を……」


 俺はスッと息を肺に溜め、その名とともに吐き出す。


蒲生鉄心斎がもうてっしんさいといいます」


 言い放つと柏木氏が譫言のように呟いた。


「まさかそれが……」

「風変わりな格好と肩がけにした花魁の着物。まず間違いないでしょう。といってもあなたが出会ったのはおそらく先代だと思いますが」

「先代?」


 不審げな顔に俺は肯いた。


「ええ、鉄心斎は襲名制ですから。聞くところによるとその秘術を体得できる素質を持つのは特殊な血脈に限られ、しかも免許皆伝まで辿り着ける者はその一族のうち、ひと雫だけだといいます。そしてそこからさらに篩を掛けてひとりのおさを選ぶのだとか。たしか十年ほど前に代替わりが行われたはずです」

「じゃあ、私が見たあの人は今は隠居してどこかに?」


 俺は首を横に振った。 


「さあ、それは俺にもよく分かりません。なにせ謎と秘密に塗れた一族ですからね。ですが現在の当主とは一応連絡が取れます。しかしながら……」


 今度は柏木氏が肯いた。


「なるほど、そのために大金が必要というわけか」

「ええ、彼らはいわば金の亡者です。多少のよしみがあっても端金ではちょっとした相談でさえ受け付けません。その代わり金さえ払えば、それに見合った仕事をきっちりやって退けるでしょうけれど」


 するとそれまで黙って話を聞いていたさつきが口を開いた。


「ということは、祖父たちが先代の蒲生鉄心斎に大金を払ってなんらかの秘術を施してもらったからそれ以降、最近までここでは何も起きなかったというわけでしょうか」


 俺は口もとに拳を当てて肯く。


「おそらく、そういうことだろうな」


 すると次いで綾香が首を傾げた。


「じゃあ、それならどうして今になってまたこんな……」


 俺はため息をついて答える。


「それが分からんから蒲生に会って話を聞かなければならないんだ。けど、あいつのことだ。術を明かせといえば大枚を吹っかけてくるに決まっている。しかも税金対策かなんか知らんがキャッシュしか受け取らないんだよ、あの強欲野郎は」


 忌々しげにそう吐き捨てると柏木氏がフッと頬を緩ませた。


「私の方は構わない。それが睦月を救う一手になるのであればいくらでも払おう」

「パパ……」


 そう呟いて父の肩にかけられたさつきの手に俺はそっと肯いた。

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