11-5

 失踪事件の後、やむなく教会は閉鎖されることになったらしい。

 それは祖父の意向だったようだ。

 警察で聞き付けた過去の事件から鑑みて、この屋敷に子供を近づけるべきではない。そして家族以外の者たちもできるだけここに立ち入らせてはならない。

 おそらくそう判断したんだろう。

 実際、それからこの屋敷に出入りする者は極端に少なくなったらしい。

 なんでもそれまで雇っていたいた使用人のほとんどに暇を出したようだから相当の厳命だったんだろうね。

 ひいてはそれが柏木家の家訓としていまも残っている。

 この広大な屋敷に使用人が少ないのはそのためさ。

 まあ、少々不便なこともあるが自分たちの家のことは出来るだけ自分たちでやる。

 当たり前のことだからね。

 それについて特に異論もないし、いまここでとやかく云うべきことでもない。


 え、どうして立ち退かなかったのかって。


 確かにそうだね。

 もちろん検討したかもしれないけれどそうしなかった。

 思慮深かった祖父のことだ。

 何か考えがあってのことだろうけれどよく分からないな。

 あるいは英国人であった祖母の意向もあったかもしれない。

 祖父は彼女のことをとても大事にしていたそうだからね。

 それにひとり息子だった父もその頃にはずいぶん大きかったはずだからあまり憂いもなかったのかな。やはりよく分からない。

 けれど、とにかくその措置は正しかったと云える。

 その後、かなり長い間ここでは何も起こらなかったわけだから。

 

 それから十数年が経ち、祖父と祖母が相次いで亡くなった。

 いや、特に悪霊とか呪いが関係していたわけではなかったよ。

 祖母は心臓の病気を長患いしていたし、祖父は肝臓癌だった。

 年相応の寿命だったとも云える。

 それから数年後、父が結婚した。

 もう五十が近かったと云うからずいぶんと晩婚だった。

 もしかすると祖父との間に何か取り決めごとでもあったのだろうか。

 たとえば結婚するならこの屋敷から出ていかなければならないとか。

 あるいはここでは子育てをしてはいけないとか。

 祖父はかなり厳格な父親だったらしいから、もっとキツいニュアンスで告げられていたのかもしれない。

 親子とはいえ当然、萎縮もしただろう。

 だから婚期が遅れてしまった。

 と、これは私の推測だ。

 直接、父から聞いたことはない。

 なにせ彼は私が成人する前に亡くなってしまったからそういうセンシティブな話をする機会もなかったんだ。

 とにかくいま思えば父の結婚は祖父の呪縛からの解放を意味していたように私には感じられる。それが正しい判断だったかどうかは別にして。


 結婚後、数年して子供が産まれた。

 男の子だった。

 さらに二年後もうひとり男の子が産まれた。

 その子たちはともにスクスクと成長して上の子が八歳、弟が六歳になった夏のことだ。

 教会ではその日、日曜礼拝が行われていた。

 祖父の死後、敬虔なプロテスタントだった父は教会を復活させていた。

 おそらくは自分が若い頃にあった事件など彼の心の中では完全に風化してしまっていたんだろうね。

 母親?

 彼女は何も聞かされてはいなかったみたいだ。

 それにやはりプロテスタントだったから異見を挟むこともなかったはずだ。

 とはいえこの敷地内にある一風変わった教会を訪れる信者など数えるほどしかいなかったようだけれど。


 それは朝から曇りがちでとても蒸し暑い日だった。

 牧師の長々とした説教に飽きた兄は両親の目を盗んで教会を抜け出した。

 するとそれを見ていた弟もこっそりとした足取りでそれに続いた。

 外に出ると兄は弟が着いてくることを知っていたように悪戯っぽく目配せをした。

 そして二人は連れ立って林の中にある花畑へと向かった。


 あそこはどういうわけか昔からそうなんだ。

 誰も手入れなどしていないのに春といわず夏といわず可憐な花が咲き乱れて、ミツバチや蝶や小鳥が飛び交って、なんだか天国が切り取られてそのまま移植されたみたいなそんな場所なんだ。

 それに近くにカブトムシやクワガタがたくさん着くクヌギの木もあってね。

 兄弟たちはそれを目当てにあそこに向かったようだ。


 けれどその日に限ってなぜか花畑に虫たちの姿はなかった。兄の方はそれを訝しんでどんどん林の中に入って行った。

 弟も必死に着いていこうとしたけれど途中で見失ってしまった。

 そしていったん花畑まで戻って兄が帰ってくるのを待った。

 どれくらいの時間が経っただろう。

 そのうちに自分たちを探す両親の声が聞こえた。

 弟はまだ舌足らずな言葉で事情を説明した。

 するとそのとき彼は見たんだ。

 話を聞くにつれ、父親の目が大きく見開かれ驚愕の表情が浮かんでいくところを。


 父親はすぐさまとても慌てた様子で林に分け入って行った。

 弟も着いて行きたかったけれど母親に止められてしまった。

 その後、警察や消防が駆け付け大勢の人間で林を探した。

 屋敷の外に出た可能性もあったから近隣の街まで捜索の手は広げられた。

 けれどどんなに探しても兄は見つからなかった。


 連日、引き続いて敷地内の捜索は行われていたけれど林には兄がいた痕跡さえ見つけられなかった。

 柏木コーポレーション、そのときはまだカシワギ商会という屋号だったけれど、その社長長男の失踪ということで警察は略取誘拐事件を疑っていたらしい。ただいくら待っても犯人からの接触はなく、しばらくしてその線の捜査も頓挫してしまったようだ。


 そうして兄は、つまり私の兄は忽然とこの世から消え去ってしまったんだ。

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