11. At the Kitchen 64 - 72
11-1
ダイニングテーブルの一角に腰を下ろした俺は対峙した柏木宗佑氏の肩越しに窓を眺めた。目を細めると雑木林の頭、分厚く空を覆っている雲にナイフで切り裂いたような隙目。そこから太陽が顔を覗かせ朱色の西陽が差し込んでいる。
その美しくも不穏な光景に言いようのない憂いを胸に沈めていると柏木氏がようやくその重い口を開いた。
「私も父から聞いた話でね。詳しいことはよく分からないんだけど」
そう前置きをした彼はどこか居心地が悪そうに膝に手を添えたまま、奥のソファに寝かされた息子に目を配った。
短時間とはいえ異界の波動に充てられていたせいで、睦月は呼びかけてもさも億劫そうに寝言のような生返事をしてすぐに眠ってしまう。
まあ、霊感体質を持たない者が霊界に足を踏み入れるとたいていそういう風になるものだ。明日には正常に戻るだろうから心配しなくても良いとは伝えたが、柏木は未だソファに張り付くようにして睦月の寝顔を見守っていた。
しばらくは綾香もその隣に着いてやっていたが、今は柏木氏からはひとつ席を空けて俺の斜向かいに腰を掛けて呑気にホットココアを啜ってやがる。
雑賀さんは俺たちに飲み物を配った後、夕飯の支度にキッチンを右往左往と忙しく動き回っていた。
キヨは疲れてしまったのだろう。
呼び出せばいつでも出てくると約束してどこかへ消えてしまった。
振り返るとドアの前にはいつのまにか鎧武者が門番でもするように突っ立っていた。それまでいったいどこに行っていたのだと思わなくもなかったが、尋ねたところで喋られないし、取り立てて重要なことでもないので放っておくことにする。
そして俺と柏木氏の前には上品なカップに注がれたブレンドコーヒー。
加えて俺だけその横に添えられた焼きプリン。
頭のどこかでミシャが早く食せとうるさく、俺はダメージ回復中という真っ当な理由を盾にお預けを喰らわせてほくそ笑んでいるとようやく柏木氏が言葉を継いだ。
「それは終戦後、私の祖父、柏木宗徹がこの屋敷を買い取ってから間もない頃のことだったらしい」
そう切り出した彼は丸メガネを指で押し上げ、詳細を思い出そうとするように眉根を寄せて視線を漂わせた。
「近隣に住む子供の一人が神隠しにあったそうだ」
「神隠し……」
俺は片腕組みをして右手を顎に当て、ひとつ肯く。
「その子は六歳の男の子だった。教会に通っていた信者の一人息子で礼拝の途中、いつのまにかいなくなってそのまま帰って来なかったらしい。その後、警察にも知らせて大掛かりな捜索をしたものの結局行方は知れず、そのまま神隠しということで決着したようだ」
「え、決着って……」
絶句した綾香に柏木氏が振り向く。
「今ならありえないことだね。でもその当時はまだ神隠しという概念がそれほど奇異とは捉えられていなかったんだろう」
その言葉に綾香が納得がいかない表情で肩をすくめた。
「でもそれと同時に妙な噂が流れ始めたらしい」
俺が肯くと柏木氏はテーブルに腕を載せ前のめりに体を傾けた。
「九条の鬼が生き返った……という噂」
「……鬼?」
問い返した俺に彼は肯き、かつてこの地で起こった忌まわしい事件について語り始めた。
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