MUTSUKI 3

 いつの頃からだろう。

 あの梅雨の日の奇跡のような時間を思い出そうと、僕は父さんや姉さんの目を盗んではしばしば雑木林に足を運ぶようになっていた。

 そして奇妙な石積みの前に赴くとそこで目を閉じ、お母さんには聞こえていたという精霊の声に耳を澄ませた。

 けれどやっぱりそれは微かにも聞こえなかった。

 残念だったけれど、でもそうしているとあのときのお母さんの匂いや温もりが感じられる気がして僕は嬉しかった。


 一周忌を迎える頃、僕は石積み近くの地面に黒い生物が蠢いているのを見つけた。

 しゃがんで顔を近寄せるとオスのカブトムシだった。

 恐るおそる摘み上げ、手に乗せてみた。

 するとその鉤爪のような細い足先が手のひらに食い込んでチクチクと痛んだ。

 またY字型のツノを軽く押すとカブトムシは小さくギュッと鳴いた。

 僕はそれを屋敷に持ち帰り、虫かごに入れて飼うことにした。

 そんな場所にいたから僕はそのカブトムシに何かを期待したのかもしれない。


 ある朝、目覚めるとカブトムシは死んでいた。

 たぶん捕まえてから数週間は経っていた。

 飼育方法など自分なりにいろいろ調べて丁寧に飼っていたつもりだった。

 インターネットには秋ごろまでは生きることが多いと書いてあったと思う。

 それなのにカブトムシは突然死んでしまった。

 前の晩まではそんな気配は全然なかったのに。

 どちらかというとそのことが悲しいというより不思議だった。

 それは死というもののイメージがお母さんのそれとは全く異なっていたせいだったと思う。

 痩せ衰え、苦しみ、生気を搾り取られるようにしてこの世を去っていったお母さんに比べて、それは誰かがカブトムシのどこかにあるスイッチを気まぐれに切ってしまったのような終わり方だった。

 どうしてだろう。

 僕はそのことにひどくホッとしてしまったように思う。

 その日、僕は登校前に屋敷を抜け出して雑木林に入り込み、石積みの頂にある白い石に死骸を載せた。そして学校から帰ってから見に行くと、カブトムシはもうそこにいなかった。

 きっとカラスかなにかが啄んでしまったのだろう。

 でも僕はお母さんが話していた精霊が天国に連れて行ったのだろうと考えた。

 僕は幼かったと思う。

 

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