10-15

「まだ……繋がれて?」


 思わず俺はそう口からこぼしていた。


 バカな。あれはもう何十年も前の記憶のはず。


 立ち昇る青白い霊気が落ち着きを見せ始めたキヨに俺は尋ねた。


『どういうことだ。コウジロウはもうこの世に……』

『あの子は霊になってからもあいつに囚われているの。そしてずっとずっとあのまま……』


 キヨの顔は再びその手で覆い隠され、俺の中にあった一介の慰めはその激白にあっけなく灰となった。

 目に焼きついたあの悲惨な光景は過去のことだと割り切ればこそ、なんとか理性的に呑み込むことができていたのだ。

 けれどコウジロウが死んでからもあの男に陵辱され続けていると考えると怒りと悍ましさで胸が掻きむしられるように痛んだ。


 無意識に喉から低い唸りが漏れ出していた。

 そしてキヨがさらに告げる。


『それにコウジロウだけじゃないの。カイセがオモチャにしている子供は他にもたくさんいる』


 衝撃で思考が一瞬ショートしたようだった。

 頭が真っ白になり、やがて睦月が話した二つ目の事件が思い出される。


 巨人の悪霊に引き連れられていた複数の霊。

 それらがつまり……。


 怖気に心が怯んだ。

 けれど同時にミシャの言葉が脳裏に甦る。


 ―――― 貴様が目を背けずに居れば、後はワシがなんとかしてやる。


 俺は噛み締めた奥歯にさらに力を込めた。

 

 そうだ、恐れるな。

 ここで目を背けちゃいけないんだ。


 そう叱咤すると鼓膜の奥にあの夏の日に再会した祖母の京都弁が響く。


 ―――― 授かったチカラはマサくんのもんやないえ。困っとる誰かのためのもんやよ。


 俺は心の中でその言葉に肯き、そしていまだ泣きむせぶ彼女に静かに語り掛ける。


『なあ、キヨ。それならなおさら放ってはおけない。俺はあのクソ野郎をブッ飛ばしてコウジロウや他の子供達を救い出す』

『そんなことできるわけ……』

『できるかどうかじゃない。やらなきゃいけないんだ。そうだろう、キヨ』


 俺の放った強い口調にようやくキヨが顔を上向かせた。

 そして泣き腫らしたまなこで上目遣いに俺の顔をマジマジと見つめる。

 その視線を受け止めて俺は言った。


『俺たちはもう仲間だ』

『……えっ?』

『記憶を見せてくれたろ。あれってちょっぴり俺を頼りにしてくれたってことだよな。それなら俺たちはもう仲間だ。仲間は互いを信じて頼りにする。そういうもんだろ』


 予期しない言葉だったのだろう。

 キヨの瞳が大きく見開かれた。


『キヨはもう独りじゃない。まあ、俺が付いてるなんて偉そうなことは言えないが、それでも独りよりも二人の方がいいに決まっている。それに俺だけじゃないぜ。俺の中には気まぐれでちょっとおっかないけどメチャクチャ強え奴が棲んでるし、後ろにいるアイツらだって事情を話せばきっとキヨの味方になってくれる。だから……』


 再び泣き出しそうに下唇を曲げたキヨが言葉の先を窺うように小さく首を傾げた。

 俺はこれまでにほとんど誰にも見せたことがない真剣な表情をキヨに向ける。


『だから……もう独りで抱え込むな。必ずあのカイセとかいうド変態野郎からコウジロウを取り戻してやるから』


 キヨの膝がゆっくりと折れ曲がり、暖炉の中にペタリと尻を着く。

 すると飛白の裾から白い腿が露わに覗いた。

 けれど彼女はそれを気にする余裕もなく、わんわんと声を上げて泣き始めた。

 俺は膝立ちになって数歩近づき、キヨのおかっぱ頭ににそっと手を翳した。


『辛かったな、キヨ。思う存分泣けばいい。これまで我慢してた涙を全部ここに流してしまえばいい。でも、それが枯れたらもう一度勇気を出して立ちあがろう。そして俺たちと一緒に九条カイセと戦うんだ』


 滂沱の涙を流すキヨが俺を見上げる。

 そしてその青白く透き通った手で俺の胸に触れる。

 すると実体はないはずなのに触れた場所がほんのりと温かくなった。


 そのとき背後で小さなざわめきが起こった。

 振り返ると大理石の床に睦月が横たわっていた。


『ごめんなさい……困らせるつもりはなかったの。でもこのままじゃ、あの子もコウジロウみたいに……』

『ああ、分かってる。守ってくれたんだろ、睦月を。分かってるさ』


 俺はキヨの体を胸にそっと押し包んでやった。

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