10-14
とはいえ、さて、どうするべきか。
俺は視線をあてもなく宙空に漂わせる。
彼女は地縛霊だ。
だからあまり離れた場所にはいけないはず。
そしてたしか最初に彼女と遭遇したのは……。
そう考えた俺はおもむろに足を運び、階段から数メートル離れた石造りの暖炉にたどり着いた。
そしてこめかみに指を当て、心を鎮めてキヨの霊気を探る。
すると思った通り暖炉の奥にわずかにその気配を察知した。
ふと思った。
もしかするとキヨを呼び出せるまでが採用試験の一環なのかもしれない。
あらためて見ると暖炉は石壁に嵌め込まれ、優美な彫刻が施された大理石のマントルピースで囲われていた。しかし中を覗いてみるとその上端に排煙口はなく、暖房器具としての機能はどうやら持ち合わせてはいない。
要するに装飾家具として据え置かれたものなのだろう。
なるほど、大豪邸に相応しく非実用的でセレブリティーな逸品だが今は骨董品の良し悪しを談じている場合ではない。
そこで俺はとりあえず四角く口を開けた暖炉の前に胡座を掻いて座り、そして瞑想をするように静かに目を閉じて語りかけた。
『キヨ、出てきてくれないか』
答えはない。
けれど暗闇に潜んだ霊気がわずかに揺らいだ気がした。
『君の過去を見せてもらった』
俺はそう言葉を継いでひとつ唾を呑み込み、目蓋の裏にキヨの記憶を甦らせる。
湿った煉瓦作りの床と壁。
近づいてくる靴音と金属音。
裸電球の虚な光。
体の自由を奪われ、車椅子に乗せられたコウジロウ。
眼と皮膚が奪われ、口が耳まで裂けたその左顔面。
テーブルの上の恐ろしいスープ。
そして彼の脳髄を晒したときの男の悍ましい表情。
それはまるでプレゼントの箱を開ける童子のような。
その女のような唇の隙間に覗いた乱杭歯が俺の網膜に焼きついている。
再び襲ってきた吐き気に俺は力なく顎をゆらゆらと揺らした。
それから気持ちを落ち着かせるように長い息を吐き切り、その末尾に短い言葉を載せる。
『……許せないよな』
キヨは押し黙ってままだ。
けれどその息遣いが波動として伝わってくる。
『あいつなんだろ、悪霊の巨人は』
すると刹那、霊気がぞわりと蠢いた。
そして怒りの気配が沸々と湧き上がる。
―――― やはりそうか。
俺は目蓋をしっかりと見開いて言葉を紡ぐ。
『キヨ、お前の質問に答える。俺がどうしてここに来たかだ。それはな……』
すると薄闇にぼんやりと浮き上がる影。
それはまるでファイアプレースに燃え立つ青白い炎のよう。
俺は次第に姿を露わにしていくその彼女に使い慣れない下卑た台詞を思念として投げ付けた。
『あの最低最悪の狂った鬼畜野郎をぶっ倒すためだ!』
けれど即座にキヨの唸るような叫びが被さった。
『いい加減なことを言わないでッ!』
そう言い放ち唇を真一文字に引き結んだ彼女を俺は黙って見つめる。
いまやはっきりと現われたキヨの泣き濡れた顔がさらに険しく歪んでいく。
そして彼女はやがてその顔をうつむかせ、震える声を絞り出した。
『……そんな軽々しく倒すなんて言わないで。あの男には……九条カイセには恐ろしい力があるの。それに凶暴で狡賢くて、隙もなくて、それで……』
キヨの声色が次第に萎み、やがてそれは嗚咽に変わった。
その両手で顔を覆い咽び泣く少女の霊に俺はさざなみのような思念で語り掛ける。
『なあ、キヨ、それでも君はあいつを倒したいんだろ。そして復讐を成し遂げたい。だから俺を仲間に引き入れるために睦月を交渉材料として隠した。そうだろう』
するとキヨは顔を覆っていた両手を外し、泣き腫らした目で怪訝そうに俺を見つめた。
『だったら協力させてくれ。確かに手強い相手かもしれないが、実は俺の中には――――」
『違う。復讐じゃない』
唇の端をキツく噛んだキヨの霊気が次の瞬間、真っ青な炎となって燃え盛った。
その姿に瞠目すると、彼女の瞳から再び驟雨のような涙が溢れ出した。
『弟が……コウジロウはまだカイセの牢獄に繋がれたままなの……』
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