9. At the Luxurious house B 43 - 47
9-1
「小雪さん、睦月はッ? まだ見つからないの?」
息を切らせて駆け戻ってきた柏木に玄関前で待ち構えていた雑賀さんは、けれど言葉もなく首を振る。その柏木に追いついた綾香は素早く頭を下げ、簡単に自分の素性を名乗った。
そして俺はその二人の背後に立つと途方に暮れた表情の雑賀さんに説明を促す。
肯いた彼女はメイド服の襟を糺しながらなんとなく悪びれた口調で明かした。
「実はムッちゃんね、今日、学校で急に体調が悪くなったみたいで早退してたの」
柏木が嶮しく眉をひそめた。
すると上目遣いにその表情を垣間見た雑賀さんは肩をすくめる。
「連絡しようとは思ったのよ。でも熱はないし、本人もちょっと頭痛がするだけだからさつきちゃんには言わなくていいって、だから……」
その言い訳じみたセリフを柏木は冷たく尖った声で制した。
「小雪さん、最初に伝えましたよね。私は睦月の姉ですけど母親代わりでもあるんです。だから睦月に何かあれば必ずすぐ伝えて欲しいって」
雑賀さんは一度肯き、大理石のタイルに目を向けたまま項垂れた。
昨日は柏木にとって明るく頼りになる姉のような存在に思えた雑賀さんが今はただの出来の悪い使用人にしか見えず、居た堪れずに立ち尽くしていると突然左脇にエルボーを喰らう。
俺は痛みに体を捩らせ、その肘の主を睨みつけた。
すると綾香は口を尖らせて顎で二人を指し示している。
この空気、あんたなんとかしなさいよ。
、とでも命じているつもりなのだろう。
さすがは女帝、人遣いが荒い。
とはいえ確かにこのままというのも良くない。
仕方なく俺は苦い顔つきで仲裁に入る。
「まあまあ、柏木、そういうのは後にしようぜ。それより雑賀さん、睦月がいなくなったってどういうことですか。居場所が分からないだけなら手分けして探せば……」
「違うの、いなくなったっていうより……消えたのよ。私の目の前で」
そう言って雑賀さんは沈痛な面持ちを手で覆い、その場にしゃがみ込んでしまった。
「え、き、消えた……ってどういう……」
柏木も口を抑えそれきり絶句して、やはりヘナヘナとその場に崩れ落ちた。
俺は綾香と顔を見合わせ、とりあえず二人を介添えして立たせて屋内へと場所を移した。
玄関を抜けて左手にある豪奢な装飾が施された木製扉を開くとそこは俺の家の敷地ほどもある大広間だった。天井には無数のガラス玉が垂れ下がるシャンデリアがいくつか並んでそれぞれ弱々しい明かりを灯し、左手にあるはずの窓はどれも燕脂色の分厚いカーテンで隠されていた。そのせいで室内はやや薄暗く、まだ夕刻には間があるというのにまるで夜のような雰囲気を醸し出している。
また床には金糸が編み込まれた複雑な紋様が浮かぶ濃い褐色の絨毯が敷き詰められ、部屋の中央にはいかにも重厚で格式高いアンティークなテーブルが据えられていた。それは天板の広さがセダンの乗用車二台分ほどはあろうかというかなり大きなものだったが広い室内においては場違いなほどこじんまりとして感じる。
また部屋全体を見渡すとなんというか印象としてそこは中世貴族の密室陰謀が盛んに行われた秘密の会議室のように思えた。
そして広卓を挟んでそれぞれに席に着くと、俺は前置きもなく雑賀さんに尋ねた。
「それで?」
すると雑賀さんは一度俺たち全員にオドオドとした視線を配ったあと、事のあらましについて語り始める。
担任の話では三時間目の授業の途中、机に突っ伏した睦月に気がついて声をかけたところ、頭痛を訴えたため保健室に連れて行ったのだという。
それから給食の時間までベッドに寝かせて様子を見ていたが、頭痛が治らないため早退することになったらしい。
学校へは雑賀さんが車で迎えに行った。
「車に乗せた時はちょっと苦笑いしてごめんなさいって。そこまで体調が悪いようには見えなかったわ。それでここに戻って、とりあえずムッちゃんの部屋に連れて行って、着替えさせてベッドに寝かせて、それで何か食べるって聞いたら要らないって。だから私、とりあえず頭痛薬と水を取りに下に降りたの。それでもう一度ムッちゃんの部屋に戻ってみたらもう気持ちよさそうに眠ってて……」
うつむき加減にやや取り乱した口調でそこまでの経緯を説明した雑賀さんは一度顔を上げ、向かいに座った柏木に大きく頭を下げた。
「その時点でさつきちゃんに連絡を入れるべきだった。本当にごめんなさい」
「それはもういいです、小雪さん。それに私の方こそ強く当たってしまってごめんなさい。ちょっと気が動転してしまって……」
柏木が謝ると雑賀さんは再びうつむいて首を左右に振った。
その二人にしばし目を配った俺は、けれど悠長に和解している場合でもないと雑賀さんに話の先を促す。
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