7-3

 ドアを抜けるとそこは奥行きが一間ほどの狭い通路のような三和土たたきになっていた。

 

「ごめん、サロンは土足禁止になってるからこれに……」


 雑賀さんはそういうと右側の壁に張り付くスチール製のスリムハイな靴棚からモスグリーンのスリッパを三足取り出し低いかまちに並べる。

 言われた通りにスニーカーを脱ごうとすると不覚にも蹌踉よろめき、背後の壁にわりと強く背中を打ちつけてしまった。するとやけに余韻のあるドスンと低い音が響いた。


「大丈夫ですか」


 俺は照れを隠して無表情で肯く。 

 そして何事もなかったかのように足元を改め、サロンに入るとそこは想像していたよりもずっと広い真四角の部屋だった。

 ざっと15畳、いやそれ以上あるかもしれない。

 けれどそこは眩さに満ちていた礼拝所とは打って変わって、どちらかといえば薄暗くひんやりとした空間だった。

 左に明るさを感じて目を向けると菱形の格子を嵌め込んだアーチ状枠の大きな窓が五つ等間隔に並んでいる。

 しかしながら窓は北向きで陽射しを直接取り入れることはなさそうだ。

 外には陽を浴びる新緑の木立。

 その向こうにおそらくはここに通う信者用の駐車場だろう。黒々としたアスファルトが見えたけれどその全容までは見通せない。

 視線を室内に戻し見回すと壁はすべてオフホワイトの漆喰だった。

 天井も同じく漆喰塗りで高さはあまりなく、丸いシーリングライトが三個ほど取り付けられている。

 床は教会部分と同じ深いダークブラウンのフローリング。

 充分な間合いを取って置かれた丸いテーブルが四卓あり、それぞれに三脚ずつスツールが添えられていた。

 そして奥にオフィスの給湯室を思わせるコンパクトなキッチン。

 その傍に据えられた木製の三段ラックには電気ポットやティーカップなどの食器、あるいはボーリングのピンのような形をした何かが一番下の棚にいくつも並べられている。

 右に目を遣ると殺風景な漆喰壁に一枚だけ大きめの油絵が掛けられている。

 描かれているのは卓の上に載せられた林檎。

 転げ落ちてしまいそうなほどたくさんのそれは、けれど大部分の赤い果実に混じって黄色や緑のものもゴロゴロしている。それをひとしきり眺めた絵画に造詣など微塵もない俺はできればもう少し熟れてから収穫すれば良かったのにと詮無い感想をしたためた。

 またその先、つまりキッチンの右には『Rest room』のプレートが掛かったドアがあり、さらにその隣には階段スペースらしき暗がりが見える。


「こっちには二階から上もあるんですね」


 尋ねると雑賀さんはちょっと苦い顔をした。


「まあね、上がってみる? ただの物置きと化してるけど」


 俺は少し考えてから首を振る。


「いえ、大丈夫です。奇妙な音は床の方から聞こえたんですよね」


 雑賀さんはやや肩をすくめて曖昧に肯いた。


「ええ、たぶんだけど」


 だとすれば今のところ二階より上はあまり関係ないだろう。


「私、後で上がってみようかな。子供の頃に遊んでたおもちゃとかお人形とか置いてあるんですよ。あ、先輩にも見せてあげましょうか」


 背後で柏木が軽くうわずった声を出したので振り向いて再び首を振り、その申し出を丁重に拒絶しておく。そして壁際に沿ってゆっくりと歩き、ことさら足元に注意を怠りなくひと通り探索を行なったが、特におかしな気配を感じる場所は見つけられなかった。

 ただひとつ、気になったのはサロンに入ってすぐ左の壁に埋め込まれたアンティークな趣きの書架だった。

 棚板は三段。材質はオークだろうか。

 随所に絡み合う植物の蔓を模した見事な彫刻が施されている。

 また俺の背丈ほどのその古めかしいブックシェルフは紙一枚入る隙間もないほど壁に穿たれたスペースにピッタリと収まっており、奥行きも然りで見たところ壁からは1ミリとしてはみ出してはいない。

 どうしてこのような仕様にしたのかは不明だが、もしかすると場合に応じてこの書架を隠す必要があったのかもしれない。たとえば壁に古風なタペストリーでも貼り付けて覆い隠せば、おそらくこの書架の存在に気付く者など誰一人としていないだろう。けれどもちろん華族には華族の意図があったのだろうが、その目的など下賎な俺には知る由もない。

 上の二段の棚板には何冊かの聖書とともに信徒たちと思われる集合写真を飾ったフォトフレームや小さな鉢植えの観葉植物、あるいは大理石調の分厚いブックスタンドなどが整然と並べられている。そして最下部三段目の棚には百科事典のように分厚い書籍が数冊立て置かれていた。

 けれどその背表紙に刻まれた金色の刺繍文字におよそ教会には不似合いなスペルを見つけて俺は首を捻った。

 

 

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