7-2

「ところで柏木、睦月の件だが」


 雑賀さんの身の上話にひと区切りが付けられた後、俺はようやくそう切り出すことができた。


「最初の霊障が起こったのはこの教会の近くだといってたな」

「ええ、現場はその裏手です」


 答えた柏木の人差し指が主祭壇の奥に向けられる。

 

「それじゃあ……」


 あまりのんびりしている時間はない。

 俺には家に帰ってからもやらなければならない重要な仕事が残っているのだ。

 席を立ち、入り口の扉へ足を進めようとすると、けれどまたジャケットの裾がつかまれてしまった。


「待ってください」

「なんだよ」


 眉間に皺を寄せた俺の視線を柏木は目顔を向けて雑賀さんへと誘う。

 見遣るとその顔には明るさが消え、代わりになんとなく不安げな表情が覗いていた。


「あのね、石破くん。ムッちゃんには話してないんだけど、実はこの教会でもちょっと気になることが起こってて……」


 俺は踵を返し、やおら腕組みをして話に耳を傾ける。

 聞けば睦月に最初の霊障が襲った頃と期を同じくして奇妙な現象を何度か体験したのだという。


「時々おかしな物音が聞こえる気がするの」


 そういって雑賀さんが何者かを探すように視線を周囲に漂わせるとそれを見た柏木が両肩を抱き、凍えるようなジェスチャーをした。

 俺は一度肯き、短く問う。


「どんな音ですか」

「そのときによって違うかな。金属を擦り合わせるような音だったり、ズシンズシンと何か大きな者が歩くような響きだったり。あと悲鳴みたいな声も」

「悲鳴?」

「ええ、すきま風が鳴るような。けど、私には遠くで誰かが泣き叫んでいるみたいに聞こえた」


 俺は腕組みを解き、雑賀さんと同じように屋内のあちこちに目を配った。

 華やかさがないとはいえ、ここは神聖なる教会だ。

 どんなに強い悪霊でもそうそう近づけるものではない。


「どのあたりから聞こえてきたか見当は付きますか」

「ううん、それがはっきりとは分からないの。でも、そうね、なんとなく床の方から聞こえてくるような気もする」


 床下か。


「そういえば柏木、ここも昔は賓館だったと言ってたな」

「ええ、確か三階建ての洋館だったらしいですよ。その名残がほら、アレです」


 そう答えた柏木がやや上向けた指先を流したのは四方の壁のほぼ全周を取り囲む約二十センチほどの出っ張りとその壁に規則的な間隔を開けて天井まで伸びる石柱だった。要するに当初はその壁の突出しと柱で二階と三階部分を支えていたらしい。それをくり抜いてこの見上げるほど天井の高い聖堂にしたと云うことだろう。

 けれどそれは今のところあまり重要ではなさそうだ。


「なあ、ここの床下に潜り込めるようなところはないか」


 その問いに柏木は即座に頭を振る。


「聞いたことないですね。パパなら知っているかもしれませんけど、いま留守にしてますし。小雪さんは?」


 水を向けられた雑賀さんも首を捻って目線を床に落とし、けれどしばらくしてパッと顔を上げた。


「あ、でもサロンの方には小さなキッチンやトイレもあるからもしかすると……」


 聞き慣れない言葉に今度は俺の首が傾く。


「サロン?」

「ええ、あそこにドアがあるでしょう」


 雑賀さんが指差した先に目を遣ると、主祭壇の右手に木製片開きの扉が見えた。


「言ってみれば休憩室みたいなものよ。礼拝が終わった後に信者さんたちがくつろいで会話したり、結婚式の時は控室として使ったりね」

「中を調べてもいいですか」

「ええ、もちろん」


 快諾した雑賀さんが立ち上がり、俺は彼女に続いてサロンに向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る