6-2

 いつのまにか小径は雑木林を抜けていた。


 燦々と降り注ぐ陽射しに目を細めながらふと左手に向けると、まばらな木立の向こうに古城めいた邸宅が望めた。

 その距離はおよそ五十メートルほどはあるだろうか。

 自分の足下から緩やかに立ち上がっていく斜面。

 樹幹の間隙に覗く鮮やかな緑の芝がまるで手入れの行き届いたゴルフ場のようだ。

 海が近く周囲が平地のこの場所だから、きっと丘は盛り土なのだろう。

 土木技術や機械が発達していなかった時代にはさぞ作業に骨が折れたに違いない。

 そう慮ると汗まみれで土を運ぶ人足たちの姿が瞳の奥に色褪せた像を結んだ。


 視線を立ち上げると樹葉のシェードに霞んだ洋館が映り込み、俺は少しばかり首を傾けた。

 真下に立てば空を見上げるようだった屋敷の尖塔がここから見るとたいして高くもないように感じたからだ。

 けれどすぐにそんなものかと思い直す。

 建物の住居部分は二階までだ。

 その上に蝋燭のように突き出した尖塔は実際のところたいした高さはない。

 それなのにどうしてだろう。

 全体的に見てなんとなく不自然に感じる部分がある。

 俺は歩みを進めながら、ひとしきり目を眇めてみた。

 けれどやはり、その違和感の正体はよく分からない。

 ふと思う。

 もしかすると部屋の窓から睦月が見下ろしたという真っ黒な巨人のことが引っ掛かっているだけかもしれない。

 悪鬼のようなそいつがどこに潜んでいるのか今のところ不明だが、おそらくはそれが地縛霊だろうと俺は推察している。

 なぜならば、どんなに強力な悪霊でもいくつもの霊を引きずって浮遊することなど到底不可能だからだ。だとすればその依代はおそらく建物のすぐ近くにあるはず。

 そして行動範囲はどんなに広くてもせいぜい半径五十メートルといったところだろう。けれど建物の近くをざっと確認したところ、そのような気配は微塵も感じられず、ミシャも反応しなかった。


 ある程度以上の霊力を持つ地縛霊ならば余程巧みに遮蔽に隠れるか、何か特殊な仕掛けがない限りその気配を完全に隠すことは難しい。そしてどれほど微かな臭気であれ、ミシャの嗅覚がそれを見過ごすはずがなかった。

 俺は首筋を掻きつつ、晴天の陽射しに眉間を寄せる。


 あまり経験がないことだった。

 正確な数は覚えていないがミシャを巣食わせてからというもの、俺は妖祓あやかしばらいとして多くの心霊スポットに出向いてきた。

 もちろん凶悪な霊には幾度も対峙したし、変幻自在で霊力の読み取りにくい幽体に遭遇したことも一度や二度ではない。また狡猾な霊であれば何かを隠れ蓑にすることにより、ほとんど完全に霊気を消してしまうものもいる。もちろん浮遊霊に関していえば行動範囲が数百メートルに及ぶものもあり、その場合は依代の探索に日を跨ぐこともざらにあった。

 けれどそれでも霊障が起こっている場所に行けば、俺は幾許かの霊気を感じることができたし、ましてや凶悪な地縛霊ともなればたいていはその気配を消そうともせずにむしろ威嚇してきたり、あるいは前触れもなく攻撃してくることさえ珍しくはない。よって居場所が見つけられないなどということはほぼ皆無である。


 それなのになぜ……。


 不意に疑問は疑惑へと変わる。


 嘘か。


 睦月が小生意気にニヤつく顔が浮かんだ。

 

「先輩、着きましたよ」


 その声に思考が中断されて我に返り、あわてて目線を戻すと俺はすでに教会の扉を目の前にしていた。顎を上げると中央に五角形のステンドグラスが穿たれた白壁と水色の空に突き刺さる黒い十字架が見えた。

 次いで振り返ると眩いほど真っ白な煉瓦道が俺の踵から伸び、その両傍には白や薄紫、あるいは仄かな紅色の可憐な花を付けたグランドカヴァーが広く敷き詰められている。その佳雅な情景に俺は一瞬、自分がどこにいるのか見失いそうになる。


「どうしたんです、石破さん」


 振り返ると柏木は自然石で組まれた三段階段をすでに上がり、蔓模様の装飾が設られた明るい色合いの木製扉を背に訝しげな目線をこちらに向けていた。

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