6. In the Garden B 29 - 31
6-1
「ところで石破さん、他にも何ヶ所か撮影しましたよね」
水を向けられた俺はわざとらしく咳払いをした後、実習台の端に置かれた写真に手を伸ばした。
「ああ、そうだな。じゃあ次に教会の方を見てみよう」
そして手に持った写真から数枚を選び出し、トランプカードのように並べる。
**********
石祠跡の探索を終えた俺たちは次に教会に向かうことにした。
小径まで戻ったところで柏木がデニムのヒップポケットからスマホを取り出し耳に当てた。そして歩速を緩めて二、三、小声で誰かと会話を交わし、再びポケットに捩じ込むと足取りを速めた。
俺はそのやや左斜め後ろを着いて歩く形になる。
「ちょっと確認したいんだが、どうしてここには教会があるんだ」
「言ったじゃないですか。それは曽祖父がプロテスタントだったからです」
俺は柏木に憮然とした表情を向ける。
「いや、そういう意味じゃなくてだな。つまり、あの建物を教会に作り変えた経緯というか……」
そう言葉を継ぐと柏木はようやく得心がいったのか「ああ」と小さく声を漏らした。そして「あまり詳しいことは知りませんが」と前置きした後で柏木家黎明期のクロニクルを簡潔に語る。
彼女の曽祖父、つまりコーポレーションの創始者である柏木鉄治郎が東京で小さな雑貨商を起こしたのは昭和の初めの頃であったらしい。関東大震災後に起こった物価の急騰とインフラ復興事業の波に乗ってその会社は急成長を遂げて大きなビル社屋を構えるまでになったが、そのうちに折悪く第二次世界大戦が勃発した。
開戦当初は一時的な好景気に沸いたものの、いざ戦局が劣勢に陥り始めると商材の仕入れさえも窮するようになり、また軍営の搾取も目に余るものとなった。
それでもなんとか会社を切り盛りしていた鉄治郎であったが、昭和20年3月10日。
いわゆる『東京大空襲』で社屋が壊滅し、焼け野原からなんとか救い出した家族や社員と共に命からがら故郷であったこの地に疎開してきたのだという。
「その鉄治郎さんは元々クリスチャンだったのか」
「いえ、イギリスに留学していた時に知り合って妻とした英国人女性、つまり私の曽祖母がプロテスタント系のキリスト教徒信者だったのでその流れで入信したようです」
言われてみれば柏木姉弟は二人とも髪や瞳の色素が薄く、どことなく異国情緒めいた相貌をしている。
曽祖母が外国人の場合、通常なら混血の度合いは八分の一。
柏木の後に着いて小径を進みながらクォーターの次はなんというのだったか、などとどうでもいい事をチラチラ考えていると柏木が話を進めた。
「曽祖父は機を見るに敏というか、先を見通す優れた目を持っていたようで、早い段階で戦争の行く末を見限り安全な場所にこっそり資金を溜め込んでいたみたいです。そしてこちらに移住した後、その潤沢な資金を投資して海運会社を立ち上げました。それが貿易商を主軸とする柏木コーポレーションの先駆けとなったのです」
横を行く華奢な肩が一瞬そびやかされたように見えた。
その微かな素振りに俺は嘆息のようにひとつ肯いてやる。
「そして手に入れた地所にあった洋館を教会に作り変えたというわけか。ひいお爺さんは余程信心深かったようだな」
「そのようです。けれど祖母の話によると、それについてはどうやら見るに見兼ねてという状況だったみたいですよ」
柏木が訳知り顔を振り向かせるとその肩までの髪がふわりと靡いた。すると次いでフローラルな香りが蠱惑的に鼻腔をくすぐり、戸惑いに思わず鼻を啜った俺は咳払いもひとつ付け加えた。
「というと」
問うと彼女は再び顔を前に向けたので俺もそれに倣った。
すると樹葉の隙間に教会の十字架が覗き見える。
「当時、この近所にあった教会が荒れ果てて使えなくなっていたみたいなんです。だからそれを見兼ねて……」
黙っていると柏木はさらに話を継ぐ。
「戦時中はキリスト教徒というだけで思想犯とかスパイだとか謂れのない罪で逮捕されることも多々あったとか。それで信者が減ったせいでしょうね。その教会を修復しようという動きは戦後もなく、そのことを不憫に思った曽祖父が敷地内にあった古い洋館を私財を投じて改修したそうなんです」
なるほど、戦争の醜悪さとは人命を奪うばかりではなく心の拠り所さえ無慈悲に奪ってしまうことかもしれない。
俺はそんなテンプレートな感慨を見透かされないように気をつけてボソリと口を開いた。
「奇特なことだな」
「ええ、本当に」
さして感情のこもらない柏木の相槌を耳にすると、やがて行く手の樹木がまばらになり、視界の明るさが増した。
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