5-6
写真を覗き込んだ綾香が正直な感想を口にした。
「これが屋敷神の祠なの? ごめん、全然分かんないんだけど」
「残骸ですもの。現物見てもそんなの分かりませんでしたよ」
綾香をフォローした柏木が俺に視線を向けてきたので俺も軽く顎を下げて同意する。
それはかつて祠であったとは想像できない惨状だった。
黒く変色した落ち葉や小枝に埋もれた様々な形状、大きさの石の積み重なり。
最初は俺もただの捨て石の群だろうと思った。
けれど念の為に落ち葉を掻き分けてみると切妻屋根を模った瓦石が現れ、もしやと一帯を捜索すると柱や虹梁として加工された石が次々に現れたのだ。
これはたぶん石祠の成れの果て。
なるほど、そういうことなら聖域じみていることにも得心がいく。
祠を建てる際に張った結界が活きているということだろう。
しかも祠が朽ちてもなお邪排力を保っているとは恐れ入る。
おそらくは余程の神通力の持ち主が掛けたものに違いない。
その想念にふと
できれば、あいつに近づきたくはないが。
俺はわずかに鳥肌の立った二の腕を軽くさすり、気を取り直して問う。
「ときに柏木、祠があった場所はこの地図ではどの辺りになると思う」
「えっとあれは教会の裏手から少し林に入ったこのあたり……」
柏木は自分の指が止まった場所にハッとして顔を上げた。
「そうだ。そこは初期の敷地ではなかったところだ。そしてよく見ると当時はこの場所に小さな家屋がいくつも立ち並んでいることが分かる。で、これは俺の推測だが祠はここが九条の敷地になる前に祀られたものだったんじゃないかと思う」
腕組みをして持論を展開すると綾香が訝し気な目を向けてきた。
「でも、そうとも限らないでしょ。敷地を広げてから作られたものかもしれないじゃない」
「まあな。しかしあの祠の場所からしてその可能性は低いだろう」
「どういうことですか」
柏木のその問いかけに「付け焼き刃の知識だが」と前置きをして説明した。
「どうやら屋敷神の祠というのは住居から見て北西の位置に建てるのが一般的らしい。古来からそれらは不吉、鬼門として忌む方角で、祠はそこからやってくる災いを封じるという意味があるということだ。もちろん例外もあると思うが、洋館から見ると祠はその真逆の北東に当たるわけだから、わざわざその方角に作ったとはちょっと考えにくい。それに柏木の
ふうん、と肩口で二人がうなずき、俺はさらに疑念をひとつ口にする。
「また祠の向きもおかしい。本来なら敷地の中央に向けて建てられるはずなのに、この祠は若瀬川に向いていた。ということはやはり九条家が祀っていたものではなく、川沿いの集落で建立された屋敷神か、あるいは水神を祀ったものと考えるのが妥当だろうな」
「水神?」
綾香が首を傾げる。
「ああ。昔の人たちは河川の氾濫の原因を水神の祟りだと考えていたんだ。だから祠などを建てて祀り、水神の怒りを鎮めようとしていた。そういう祠は各地至る所に存在するし、向きも場所もそれなら説明が付く。付くんだが……」
俺は腕組みを解き、実習台から離れて窓辺に寄ると本校舎を隔てる中庭を望んだ。
すると噴水を囲む芝生で丹念に柔軟ストレッチを行うジャージ姿の女子生徒たちが見えた。彼らのほぼ全員が長袖を羽織っているのは昨日とは打って変わって肌寒さを感じさせる気温の所為だろう。俺はその月並みな光景を眺めつつ考察を深めていく。
ミシャが嗅ぎ取った微かな怯えの気配とはいったいなんだ。
もしそれが本当に霊の残穢だとすれば、さらに矛盾している。
原則としてどのような幽体であれ、聖域に寄り付こうとするものなどいない。
あの猛獣のような気配を放つ集合体の悪霊も然り。
無闇に入り込めば、あるいはか弱い霊であれば近づくだけで消滅してしまうのがオチだ。
ではあの祠はいったいなんなのだろう。
正当な神霊を祀ったものであればそのような相反が起きるはずもない。
なにか悪きものを許容するような特殊な結界がはられているのだろうか。
想念がそこまで進んだ刹那、俺はハッとした。
とすれば、もしかすると……。
そして渦巻き始めたその推察を自分自身に語りかけるように俺は呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます