5-4

「はい、どうぞ」


 手渡されたそれは数枚の写真。

 昨日、敷地内で気になった場所を柏木に撮らせたものだ。

 スマホ画面では見辛いので 写真用紙にプリントアウトしてもらったのだが、さすがにハイスペックな一眼レフだけあって画像は鮮明だ。

 俺はそれらをひとしきり黙ってめくり見ると、やがてそのうちの三枚を取り出し古地図の横に並べて置いた。


「なにこれ。なんか大きな石が落ち葉に埋もれているみたい」


 訝しげに目を細めた綾香に俺は答える。


「たぶん石祠の残骸だろうな」

「セキシ……?」

「ああ、石でできたほこらだ。祠は見たことあるだろ」


 そう訊くと綾香はうんうんと小刻みに肯いた。


「あれでしょ。神社の境内なんかによくある小さなおやしろみたいな」

「そう、一般的には石の土台の上に小さな社殿を建てたものが多いが、自然石や加工した石を組み上げて造ったものもある。それが石祠だ」

「え、でも、これってサッキィんだよね。神社とかじゃないじゃない」


 綾香が首を傾げると今度は柏木が顔を向けた。


「敷地内に祠を建てることもあるそうなんです。屋敷神を祀るために、ですよね、石破さん」


 俺は肯いた。

 けれど脳裏にはいくつかの疑問が注がれたコーヒーフレッシュのように渦を巻いている。


 **********


 昨日、焼き立てのタルトタタンに舌鼓を打った俺が雑賀さんに礼を言った後、席を立つと柏木と睦月が同時に立ち上がった。

 案内役のため柏木には同行してもらうほかはなかったが、しかしながら睦月には屋敷に居残るように俺は勧めた。


「やだよ、僕も行く」

「しかしな、弟くん」

「睦月だよ」

「じゃあ睦月、はっきり言って今のところキミは足手纏いだ。悪霊どもに対処する手立てが分かっていれば望むところだがな。奴らの正体が全くつかめていない現状で襲われたとして俺にはどうにも助ける術がない。だから今日のところは大人しくここに残っておいてもらいたいんだが」


 提言に不満げにうつむいて唇を尖らせる睦月。

 そこに柏木が歩み寄り、その顔を横から覗き見ながら優しく声を掛ける。


「石破さんの言う通りだよ。取り返しのつかないことになる可能性だって……」


 すると睦月は拗ねた顔を上げ、ひとしきり恨めしそうに俺を睨むと、踵を返して駆け去ってしまった。すると続いて門番のようにドアのそばに立っていた鎧武者が何やら済まなさそうにペコリと頭を下げ、かちゃかちゃと武具と刀を擦らせながら睦月の後を追っていく。


 口調は大人びているがまだまだ子供だ。

 ちょっとした肝試しのつもりで着いて来たかったのだろう。

 がっかりさせて少しばかり可哀想だが、まあ仕方がない。

 軽くため息をつくと、柏木がどこか不安げな呟きを漏らした。

 

「睦月……あの子、もしかして……」

「ん?」

「いえ、なんでも」


 柏木は少し慌てて首を振り、次に視線を俺の隣に流す。


「じゃあ小雪さん、睦月のことお願いしますね」


 すると雑賀さんは真顔で肯き、それから俺たちにサムズアップを向ける。


「こっちは任せて。それより石破くん、二人きりになってもさっきみたいにいきなり抱きついちゃダメよ。さつきちゃんも気をつけてね、その場の雰囲気に流されないように」


 そして彼女は嬉しげな顔でウインクをする。


 ああ、いい人なのに。

 残念なことこの上ない。


 どうやら柏木も同様、虚しい感慨に耽ったらしい。

 俺たちはしばしそろって天を仰いだ。


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