5-2

 なんとも受け入れがたい事実だが、語っておかねばなるまい。


 綾香は学内でも一、二を争う才色兼備と持て囃されて久しい。

 たしかにに関しては全国模試で常に成績上位者のリストに名前が上がるほどに学力は優秀。

 についてもたまたま街で撮られたスナップショットがご当地美少女として少しばかりネットを騒がせたことがある。

 それに竹を割ったように単純明快、快活で物怖じしない性格は異性同性問わず誰からも好意と畏敬を引き寄せ、それが高じた結果として今は生徒会役員などに任命されてもいる。

 しかもことさら女子生徒からの人気は絶大。

 奴を綾香様などと呼び崇拝する悪魔的親衛組織までもが存在し、しがない男子生徒が不用意に近づけばたちまち捕捉され、彼らから執拗な尋問を受ける羽目になるという。

 つまり俺にとってはただただで口うるさい幼馴染みの綾香は、けれど校内カーストにおいてはほとんど頂点ともいえる女帝のような存在なのだ。


 一方、俺はといえば最底辺の村人 C。

 そして地に堕ちたオカルト研究部の評判とこの因果な霊媒体質のせいで蛆虫のように毛嫌いされることさえめずらしくはない。

 だからもし、そんな悪役モブの俺が高貴な綾香と密着する場面を誰かに目撃されればきっとただでは済まない。

 もしかするとくだんの親衛組織に校内のどこかに密かに用意されているとうわさの拷問部屋に連行されて、生爪を剥がされながら果てしなく尋問を受けるという惨劇が待ち受けているやもしれないのだ。


 だが幸運にもここは本校舎から最も離れた、学園辺境の地に屹立する別棟の二階。

 そのまた廊下の行き詰まりに影を潜めるようにひっそりと存在する物理学実習室。

 そして放課後ともなれば滅多に生徒が立ち寄らない、いわば世俗から隔離されたオカルト研究部の部室でもある。

 親衛組織もさすがにここまではアンテナを張っていないはずだ。


 俺は念の為、端教室のためひとつしかないドアに目を向け、誰の目もないことを確認してから綾香に顔を向ける。

 すると思ったよりずっと近くに綾香の顔があってたじろいだ。

 けれど俺はそれでも精一杯の渋面を作って反論する。


「感謝だと? 笑わせるな。だいたいオカ研を廃部にする案を委員会に提言したのはお前だと聞いたぞ。幼馴染みを苦境に立たせてほくそ笑むとは相変わらず悪趣味な奴だ」


 すると綾香は俺の額に指を当てて、勝ち誇ったように顎をツイと上向かせた。


「あら、私はただ自分の役割を全うしているだけよ。幼馴染みの所属する部活だからっていう依怙贔屓なしにね」


 俺はその指を払いのけ、眉間に皺を寄せる。


「贔屓しろよ。それなら多少なりとも感謝してやったのに」

「お断りよ。マーシャに感謝されてもなんの得にもならないでしょう」

「ちッ、損得勘定しかできない守銭奴め」

「なによ、オカルト変態男」

「なんだと、この人たらしの魔女が」


「もう、二人ともやめてください」


 額を突き合わせて悪態をぶつけ合う俺たちの間に柏木が割って入った。

 そしてすかさず両腰に拳を当てて向き直り俺に詰問する。


「だいたい石破先輩はさっきから何を調べているんですか。その資料らしきもの、今回の件に関係があるんでしょうね」


 仏頂面で「無論だ」と答えた俺はこれを見よとばかりに実習台に所狭しと広げた紙面に手を差し向ける。すると再び綾香が肩越しに紙面を覗き込んできた。


「なんなのこれ。なんか昔の地図みたい」


 そう訊いた綾香はさらに顔を寄せる。

 その息遣いを耳元に感じた俺は沸き上がる意味不明な高揚感と背徳感に耐えかねて腰を落としていた丸椅子から勢いよく立ち上がった。


「なによ、いきなり。びっくりするじゃない」

「あ、いや……」


 俺はひとつ芝居じみた咳払いをすると、その動揺を取り繕うように柏木に質問を向けた。

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