5. At After School A 23 - 28

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「……で、結局マーシャは昨日、ほとんど役に立たないまま帰ってしまったと」


「そうなんですよ。夕飯もご馳走するからもう少し粘ってくださいってお願いしたんですけど。レポートを仕上げなければいけないから、これ以上は無理だって冷たい態度で」


「はん、レポートってこれのことでしょ。こんな紙切れを優先させるなんてマーシャは相変わらずの無能ね」


「ええ。だってたとえ成果は上げられないにしても尽力する姿勢を見せてくれれば私だって無下に評価するつもりはないし、その方がレポートよりもずっとオカ研存続の可能性は高まりますもの」


「くうぅ、サッキィは優しいなあ。でもそんなことまで考えてやらなくてもいいって。あんなのガッツリ使役して、あとは適当に捨てちゃえばいいんだから」


「ふふふ、そんなあ。城崎先輩、さすがにそれはひどくないですかあ」


「いいの、いいの。それでもしマーシャが難癖つけて絡んできたりしたら私に言ってね。懲らしめてやるから」


「おい……」


「ところで石破さんて、下の名前なんでしたっけ」


「マサキよ。真に咲くで真咲。なあんか女の子の名前みたいじゃない」


「そうですね。あ、それでマーシャなんですね」


「そうそう、名前だけじゃなくて小さい頃は髪が長くてホント女の子みたいだったんだよ。私とおままごととかして遊んでたし」


「えーッ、信じられません。あ、でもよく見ると顔は意外と中性的かも」


「そうなんだよねえ。だからさあ、ボサボサの髪とか格好とかもうちょっとなんとかして、あとやたら目つきの悪いムッツリ顔やめればまあまあイケてる感じになると思うんだけどねえ」


「じゃあ先輩がコーディネートしてあげればいいじゃないですか」


「いやいや、如何せん中身がアレだもん、いくら外見整えてもさあ。ねえ、はっきり言って無駄な手間っしょ」


「こら……」


「そういえばさあ、その、なんだっけ、座敷童ざしきわらし?」


「ヤシキガミです。お屋敷の神様」


「そうそう、それ。変人マーシャはその屋敷神ってのが悪霊の正体だっていうわけ?」


「いえ、それはまだ分からないみたいです。でもなにか関係があるかも知れないって」


「ふうん。だったら早く調べろっていうのよねえ。今日だってこんな風前の灯火トモシビ研究部なんかに寄り道してる場合じゃないでしょうに」


「ですよねえ」


「…………」


「でもさあ、昨日は大変だったんでしょう」


「そうですね。まずは現場検証だとかいって敷地内を歩き回りましたから」


「げ、柏木邸ってどんだけ広さあるのよ」


「さあ、正確には分かりませんけど、だいたいドーム二、三個分くらいは」


「ひえぇ、それをくまなく歩き回ったってこと?」


「そうなんです。おかげで今日はふくらはぎが筋肉痛で」


「うぬぬ、マーシャの奴、よくもサッキィの可愛いふくらはぎを虐めてくれたわね」


「あはは、大丈夫です」


「いや、許さん。そもそもサッキィに案内をさせる時点で間違ってるよ。マーシャの分際でおこがましいにも程があるわ」


 実習台に広げた資料を精査していた俺はそこでようやく顔を上げ、彼らの耳に届くように盛大なため息をついた。

 すると城崎綾香は腰をもたせかけた隣の実習台から振り向き、わざとらしく瞳を見開いて見せる。


「あらマーシャ、いたのお」


 俺はその見下ろしてくる高慢な視線を訝しげに横目で受け止めた。


「はあッ? ここはオカ研の部室だから俺がいるのは当然だろう。お前こそなぜそこでくっちゃべっている」


 すると綾香は蔑みと憐れみをないまぜにしたようなまなざしを差し向けた。


「かわいそうに。マーシャって記憶力が皆無なのね。ついさっき微塵も役に立たないこのレポートの受け渡しをしたばかりだというのに」


 その雑言に俺はシニカルに笑って見せた。

 そして右手の人差し指を立てメトロノームのように振って見せる。


「ほほう、お前はあれをというのか。フフッ、もう一度小学生に戻って日本語を勉強し直した方がいいんじゃないか。教えてやろう、実はな、ああいうのをというんだ」


「なによ。せっかく気を利かせて取りに来てあげたというのにずいぶんな言い草ね、マーシャ」


「別に頼んでない。後で生徒会室に持っていけば済む話だった」


 そっけなく言い放ちふたたび資料に目を落とすと綾香は俺の真横に歩み寄り、特にためらいもなく俺の肩の上に顎を乗せて耳元で囁くように言った。


「ふん、手間が省けて良かったじゃない。役員の私が受け取ったんだから同じことでしょ。感謝しなさいよ」


 一瞬、鳥肌が立った。

 そして綾香から身を離しつつ俺はここがオカ研の部室で良かったと密かに安堵した。

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