4-6

「でもさあ、ぶっちゃけ本当に幽霊が視えるわけ?」


 綾香に吹き込まれたのであろう俺の霊媒体質を柏木がひと通り説明した後、睦月は訝しげな顔つきのままそう尋ねた。

 まあ、当然の疑問だろうが俺にとっては聞き飽きたセリフだ。

 仏頂面でただ肯いて見せると睦月は首を斜め四十五度に傾ける。

 するとなぜか柏木が腰に手を当てて胸を張った。


「城崎先輩のお墨付きだから大丈夫だよ。心霊関係のことなら安心して任せていいって言ってたもん。ただしそれ以外は全くの役立たずだから期待しない方がいいとも言ってたけど」


 俺は顔をしかめる。

 柏木、後半部分はここで明かす必要はなかったぞ。

 というか綾香、てめえ憶えてろよ。


 こめかみに怒りマークを浮かせていると睦月が腕組みをして椅子の背もたれにのけ反った。


「ふうん、そうなんだ。じゃあさ、とりあえず証拠を見せてよ」

「証拠?」

「うん、幽霊の存在を証明して欲しい。視えない僕たちが納得できる形で。じゃないと信用できないから」


 なるほどね。

 普通、霊障に悩まされている者は心霊商法だろうが生臭坊主だろうが藁をも縋るつもりでやってくるのでたいていそんな証明など不要だが、冷静に考えてみれば霊能者など胡散臭いこと極まれり。

 こまっしゃくれた言い分だが疑われて然るべしと肯ける。

 とはいえ俺としてもこのオカ研存続を掛けたミッションをつつがなくやり遂げるためには、できるだけ弟くんの信用を得ておきたいところだ。

 だが、あまり面倒臭いことはしたくない。

 ここはひとつ手っ取り早くミシャに頼む。


『というわけで協力してくれ』

『ふん、断る』


 にべもない。

 けれど食い下がってみる。

 

『そういうなよ。石に触らせればそれだけで数日間は霊体が視えるようになるはずだ。ちょっとぐらいいいだろう』

『愚か者めが。オロチガミの憑代よりしろぞ。共鳴の資格なき者に触れさせるわけにはいかぬ。まあ、そのガキを喰らっても良いというなら話は別だがな、ククッ』


 物騒なことを言い始めたので俺は早々に諦めた。

 ならば仕方がない。

 プランB への変更を決めた俺は所在なげに立つ鎧武者に近づき耳打ちする。

 すると最初は訝しげに口をへの字に曲げていた彼も次第に俺の計画に興味を示し始め、やがては顔をニヤつかせて何度も肯いた。


「えっと……それって何やってんの」


 いきなりおかしな行動を始めた俺に睦月が不審げな眼差しを向けた。

 次いで柏木が短い悲鳴を上げる。


「ひッ! もしかしてそこにも!」

「そ、そんなわけないだろ、姉さん。ぼ、僕はそんな芝居なんかに騙されないからね」


 振り返ると引き攣った姉弟の顔があった。

 多少、気が引けるがこれも相手が言い出したことだ。

 少しばかりスリリングな余興に付き合ってもらうほかはない。


「なあ、鏡あるか」


 青ざめた柏木がブンブンと首を振る。

 それを見た睦月は身を強ばらせながらも椅子から立ち上がり、俺の背後に震える指先を向けた。振り返るとドアの横の壁に大きな姿見があった。

 俺は軽く肯き、とりあえずツカツカと窓に歩み寄って濃い緑色のカーテンをサッと引いた。すると部屋はたちまち宵闇のように薄暗くなり、次いで俺は鎧武者の彼に目配せをする。

 俺の耳にカチャカチャと武具が触れ合う音が聞こえてきた。

 どうやら彼はずいぶん乗り気のようだ。

 それもそのはず、こういう場違いな風貌をした霊はたいてい自分の存在を誰かに認めてもらいたくてウズウズしているもので、小芝居の役者を演じてくれと頼めば断られるはずもないのである。


 準備は整った。


「じゃあ二人ともここに来て鏡を見ていてくれ」


 柏木はブルブルと身震いをしてその場にうずくまってしまった。

 まあ、いいだろう。弟くんに視えればそれで事は足りる。

 とはいえ、大丈夫か。

 睦月の膝は気の毒なほどに震えていたが手招きを向けると歯を食いしばるような表情で俺のそばに足を進めてきた。


 いいぞ、男子たるものそうでなくては。


 俺は心の裡でそう褒めながら睦月の体に身を寄せる。


「いいか、鏡は一種の霊媒物質だ。直視するよりも霊体が見えやすくなる。そして……」


 そして睦月の左肩に軽く手を載せたその瞬間。


「ひッ!」


 電流に貫かれたように睦月の体が硬直した。

 鏡を見遣ると俺たちの背後に今にも斬りかからんと刀を振りかぶった武者の姿があった。

 刹那、睦月の膝が崩れ落ちる。

 俺はその体を支えてやり、短い説明を加えた。


「最強の霊媒体質を持つ俺が触れていればさらに視えやすくなるというわけだ。これで証明……ってあれ? 弟くん、どうした。しっかりしろよ」


 その後、ベッドに寝かした睦月が目覚めるのに数分を要し、俺が柏木にこっぴどく叱られたのはいうまでもない。

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