4-5
「なんだよ、姉さん。勝手に開けんなよ」
少年は眉間に深い皺を寄せて睨んだ。
それに対し柏木はうんざりした顔で口を開く。
「だったらちゃんと返事しなさいよ」
「勉強に集中してたんだよ」
「ウソばっかり。またスマホでゲームしてたんでしょ。この前だって勝手に課金してパパに叱られてたし」
柏木が腕を組み上げると弟はチッと舌を鳴らした。
「うるさいな。JKのくせにえらそうに」
いきなり開幕した姉弟喧嘩に手持ち無沙汰で、俺はとりあえず部屋を見回してみる。
すると意外にもそこは華美な装飾は何もない質素な佇まいの洋間だった。
向かって左手には白いカヴァーに覆われた木製のシングルベッド。
正面には弟くんが座るデスクチェアとこぢんまりとしたアンティークな机。
小学生男子の部屋にゲーム機も漫画雑誌も散らばっていないことが俺にはちょっと意外だった。
その向こうにやはりアーチ型の大きな窓があり、外にさっき歩いてきた表門へと続く雑木林とポツリと突き出した教会の十字架が見えた。
壁には仄かに模様が透けるオフホワイトのクロスが貼られ、天井にはやや細長い一般的な蛍光灯が埋め込まれている。
右に目を向けると雑多な本や雑誌が詰め込まれた本棚があり、そしてその前で兜甲冑を纏った青白い顔色の武士が所在なげに立ちチラチラとこちらを見ていた。
なんとなく頭を下げると武士も薄い笑みを浮かべて腰を深く曲げて、下げた刀が具足に当たりかちゃかちゃと音を立てた。
ずいぶんと物騒な出立ちだが殺気はなく、ミシャが反応しないところを見ると敵意も皆無のようだ。
俺は未だ口論を続けている二人を見遣ったあと、思念をその鎧武者に向けてみる。
『あの、この二人っていつもこんな感じなんですか』
そう尋ねると彼も辟易しているのか、やや苦い顔をしてウムとひとつ肯いた。
しかしまあウチも似たようなものだ。
俺の姉は県外の大学に進学して家を出ているので最近はあまり会う機会もないが、帰省してくればいまでも些細なことで口論になってしまう。
たまには部屋の掃除をしなさい。
そろそろ進学のことを考えれば。
いつまでも心霊ごっこなんてやってんじゃないわよ。
うるさい。母親気取りはいい加減にしてくれ。
「うっさい。母親気取りはやめてよ」
おっ? 弟くん、キミはもしやテレパスか。
少しばかり親近感が湧き、マジマジと見遣るとその視線に気がついたのか彼はこちらを見て訝しげに首をひねった。
「ところで、誰。その後ろの人」
ようやく存在を認められて柄にもなくちょっと微笑んでみせると少年もニヤリと笑う。
「姉さん、もしかして視力落ちた?」
「どういう意味よ」
柏木が怪訝な顔をすると少年は事も無げに言い放った。
「だってその彼氏、どう見ても冴えないからさ」
すかさず柏木も言い返した。
「失礼ね、この人は彼氏じゃないわよ」
おいおい、失礼なのはお前だ。
思わず柏木に脳天チョップを喰らわせたくなったが面倒なことになりそうなので止めておく。
「今朝、言ったはずよ。霊能者を連れてくるって」
睦月は視線を浮かせて記憶をたどっているのかちょっと間をおき、それから「あ、冗談だと思ってた」と呟いた。
「なによ、せっかく苦労して連れてきたのに」
腰に手を当て口を尖らせた柏木に睦月は抑揚なく吐き捨てる。
「別に頼んでないけど」
そうか。頼まれてないなら帰ろう。
彼らに背を向けようとするとジャケットの裾が引かれた。
「どこにいくつもりですか、先輩」
俺は嘆息して、これからはなるべく裾の短い服を着ようと密かに心に誓った。
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