第30話

「私は、京一さんが目をつけてくれたときから。アイドルとしてもうダメかもって諦めかけていたときだったから、とても嬉しかった」

香澄が当時を思い出すように目を細めて答える。


「俺はついさっき」

京一の言葉に香澄は唇を尖らせる。

「仕方ないだろ。ついさっきまで恋愛禁止だったんだから」


京一はなんでもないことのように言い切った。

そう言われると反論できない香澄は黙り込むしかなかった。

回答はすべて終わり、ガタンッと音がして透明な扉が少しだけ下に下がった。


手を伸ばせば壁の上部に届くけれど、とても乗り越えられる高さじゃない。

宏が文句を言おうとしたとき「では次の質問です」とアナウンスが流れた。

どうやら質問を繰り返して徐々に壁が開いていくようになっているみたいだ。


回りくどいことを。

と、思わず舌打ちしてしまいそうになる。

「相手の好きなところを教えてください。順番はさっきと同じです」


「なんなんだこの質問は」

京一はため息を吐き出す。

そんなことは外に出て個々で勝手にやればいいことだ。


部屋の中でのことを思い出したらどうにも生ぬるい。

人の幸せを自慢されてなにが楽しいのかわからない。

それとも犯人は、自分が楽しいかどうかなんて考えていないんだろうか。


「自分の夢を実現させたところ。社長になって胡坐をかかず、頑張っているところ」

友美が少し頬を赤らめて答えた。

改めて好きな部分を口に出して伝えるのは恥ずかしい。

「人の言葉を素直に聞き入れて、仕事熱心なところ」


宏は友美へほほ見かけた。

ここが外から見ていられない光景だ。

「根気強く原稿を待ってくれるところかな」


「私は、なんだかんだ言ってこっちの指摘を作品に反映してくれるところ」

「厳しいけど、私のために必死になってプロデュースしてくれるところ」

「努力をして、ちゃんとのし上がろうとするところ」


全員が質問に答えると、また壁が下がった。

今度は腰の高さくらいまで下がってきている。

このまままたいで向こう側へ移動することもできるけれど、犯人の言葉を待つことにした。


ここまで来たのだ。

きっとすべてをクリアして脱出することができる。

出口はもう目の前にあるんだ。

焦って間違えたことをして爆弾を爆発させられたら、元も子もない。


「次が最後の質問です」

アナウンスの声に全員が顔を見合わせた。

ここにいる6人はみんなひとつのチームようになっていた。

同じ苦悩を乗り越えたチームだ。


「今度の質問は全員でいっせいに返事をしてください」

アナウンスの声に6人は顔を見合わせる。

6人同時に返事ができるような質問がなんなのか、少しだけ不安な雰囲気が包み込む。

だけどここまできたらやるしかない。


もう出口は目前なのだ。

6人はそれぞれうなづきあった。

そして……「相手を、一生愛することを誓いますか?」

アナウンスの質問に何人かが息を飲む音が聞こえてきた。


この質問はまるで、結婚式のそれみたいだ。

友美の心臓は高鳴り、早紀は頬を赤らめ、香澄は嬉しそうに微笑んだ。

男性人は少し戸惑っている様子で互いの顔を見合わせている。

だけど答えはひとつ。


全員で、一斉にだ。

「みんな、いいか?」

宏の声に全員がうなづく。

「じゃあ、答えるぞ、いっせーのっ!」


誓います。

6人の声が重なりあう。


この建物に監禁されて、自分の気持ちに素直になることができた。

その気持ちに偽りはどこにもない。

そして6人の気持ちがひとつになったとき、透明な壁の残りが取り払われていた。


「壁が消えた!」

香澄がその場で飛び跳ねて京一にだきつく。

「あぁ」


京一は香澄の体を抱きとめ、ガラス戸へと近づいた。

その後ろを他の4人も追いかける。

京一が扉に手を伸ばす。


それは難なく、外側へと開いていく。

外の風のが香澄の髪の毛をふわりと揺らし、木々や土の香りに京一は目を細めた。

ほんの1日。


いや、数時間かもしれない。

この建物の中に監禁されていただけで、随分と久しぶりにこの香りをかいだ気がする。

「あぁ、外だ」

宏が呟き、友美は嬉しくなって香澄のように宏に抱きついた。


「よかった。これで原稿を書いてもらえる!」

外に出た瞬間仕事モードになったのは早紀だった。

その隣で昌也はしかめっ面をしている。


「もう締め切りは破らないって約束してもらったんですからね」

「わかってる。それにしても、やっと出られたんだからもっと色気があること言えないのかよ」

昌也は仏頂面を浮かべているが、そんな表情を見るのも珍しいことだった。

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