第29話
警戒し、そっと足を踏み出したときだった。
隣の部屋から男女が飛び出してきて京一は足を止めていた。
出てきたのは編集者の早紀と、作家の昌也だ。
更にその奥のドアからは社長の宏と秘書の友美も転がり出てきた。
全員が顔を見合し、同時に赤面してうつむいた。
自分たちのあらぬ姿が見られていたことは、もうわかっていたからだ。
「もうこれで終わりなんですかね」
誰とにもなく声をかけたのは編集者の早紀だった。
編集者と言われなければモデルと勘違いするくらいに美人だ。
「さぁ、なんとも。とにかく、出口へ向かってみましょう」
京一の言葉に一同はうなづき、ぞろぞろと出口へ向かう。
本当はすぐに走って行きたかったが、なにがあるのかわからないので動きも慎重になってしまう。
なにせこの建物内で爆発が起きているのだ。
廊下に爆弾が設置されていないとも限らないじゃないか。
「どこが爆発したんだろう」
京一の隣を歩く香澄が周囲を見回して呟く。
みたところ、廊下にはそれらしい痕跡はないようだ。
それでもあれだけ大きな音がして地面が揺れたのだから、そんなに遠くではないだろう。
考えながら歩いていると、一番先を歩いていた社長の宏が突然立ち止まった。
「ここ、壁がある」
そう言ったのは秘書の友美だった。
「壁?」
ここから見ても壁なんて見えない。
京一は二人に近づいて行った。
近づくにつれて、廊下の先にある空間が歪んでいるように見えて目をこすった。
しかし、空間のゆがみは消えない。
2人の隣に立って手を伸ばして見ると、手のひらが見えない壁に触れるのがわかった。
透明な壁か、あるいはドアがここにあるみたいだ。
「押してみましょう」
京一がそう言うと昌也もやってきた。
男3人で力を込めて透明な壁を押す。
しかし、それはビクともしない。
「なんだっていうんだ、もう終わったんじゃないのかよ」
外に出られないとわかった京一が思わず悪態ついたそのときだった。
「回答するたびに壁が下がっていきます」
と、アナウンスが告げた。
3人は透明な壁から身を離す。
命令の次は、問題が出題されるらしい。
一体どんな問題だろうかと6人は身構える。
どうせ今までと同じように下品な問題が出されるに違いない。
「では最初に、社長さんと秘書さんペアから」
そう言われて宏と友美は目を見交わせた。
互いに寄り添い、手を握り合う。
「一番最初は嫌だろうな」
京一が呟くと、宏は左右に首を振った。
「なんでも一番でいいと思います」
それは社長ならではの自信と心構えだった。
京一は軽く肩をすくめる。
「問題です」
アナウンスの声は友美がゴクリと唾を飲み込んだ。
宏の手を強く握り締めると、ちゃんと握り返してくれる。
「いつからしてのことが好きでしたか?」
聞こえてきた質問に友美は瞬きを繰り返していた。
てっきりもっと卑劣な質問が飛んでくると思っていたので、正直拍子抜けだ。
「ジャンケンで負けた秘書さんから、どうぞ」
名指しされた友美はチラリと宏へ視線を向ける。
宏はうなづいてみせた。
「会社の入社式でひと目みたときから、カッコイイと思っていました。頑張って近づいて、秘書になるように頑張りました」
ずっと宏のことを見ていたと告白するのは恥ずかしかったけれど、本当のことだった。
社内で時折鉢合わせをして優しい言葉をかけてくれる宏に、ずっと憧れてきた。
「僕は、友美の靴をみたときから」
その言葉に友美は驚いて宏を見つめた。
宏が友美の靴が汚れていることを指摘してきたことを、もちろん覚えていた。
だけどあのときからずっと自分のことを思ってくれていたなんて、考えてもいないことだった。
「次は編集者さんと作家さんペアです」
驚きの感情に浸る暇もなく、同じ質問が繰り返される。
「中野さんが俺の作品を見つけたときから。この人は自分も人生を変えてくれる人だって、わかったから」
それは作家としての人生だけでなく、すべてにおいてのことだった。
早紀がいなければ、大きな口を開けて笑うこともなかったかもしれない。
「私は、初めて会って怖い目で睨まれたとき」
早紀はクスッと笑って答えた。
本当は睨んでなんていなかったと思うけれど、あの頃の昌也は本当に冷たい顔をしていたからだ。
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