第28話

「大丈夫?」

青ざめている早紀に声をかける昌也。

その声には優しさが含まれていて、早紀は思わず笑顔になった。


こうして感情を見せてくれるようになったは嬉しいことだ。

自分たちの距離がどんどん近くなっていくのを感じる。

「で、次の命令だけど、どうする?」


「そうねぇ……」

早紀は考えこんだ。

もう無駄に過激な命令をする必要はなくなっている。


さっきの社長と秘書のペアだってそうだ。

ただ言葉遣いを変えるように命令しただけだった。

早紀はチラリと雅也を見つめた。


相変わらず怖いほど整った顔立ちをしている。

この人が自分のことを好きだなんて、いまだに信じられなかった。

だからなにか確証がほしかった。


自分たちが相思相愛であるという証。

この部屋から出ても続いていくものがいい。

それは……。


早紀は思い当たることがあり、昌也の前に立った。

昌也は体勢を直して早紀を見つめる。

「私を彼女にしてほしい」


その言葉に昌也は目を見開き、そして満面の笑みを浮かべた。

嬉しさを顔中に滲ませて早紀の体を抱き上げる。


突然抱き上げられた早紀は小さく悲鳴を上げ、昌也の首に両手を回した。

「やった! 今日から俺の彼女だ!」

子供のようにはしゃぎ、早紀をお姫定抱っこしたままグルグルと開店しはじめる。

早紀は振り落とされてしまわないように、必死で昌也にしがみつく。


散々その場で喜んだ昌也は早紀を地面に降ろし、キスをした。

そして「よろしくお願いします」と、答えたのだった。


☆☆☆


編集者と作家がモニター上から消えて、残っているのは自分たちの姿だけになっていた。

でも、もうわかっていた。

あの2組がしたことを自分たちもすればいいのだ。


京一はふりふりの衣装を着た香澄に向き直り、大きく息を吸い込んだ。

香澄は京一になにを言われるかわかっているようで、すでに期待に満ちた表情を浮かべている。

「香澄、俺の彼女になってくれ」


それは命令とはいえない、とても優しいものだった。

香澄の顔に満面の笑みが浮かぶ。

だけどとたんに意地悪そうな表情に転じて「恋愛禁止だよね?」と、首をかしげて聞いてきた。


こんなときに持ち出されるとは思っていなかった。

京一は苦笑いを浮かべて香澄を抱きしめる。

そして耳元で「その条件は撤回する」とささやく。


すると香澄は一度京一から身を離したかと思うと、強引にキスをしてきた。

柔らかな唇の感触に京一の胸の奥から熱いものがこみ上げてくる。


できればこのままその感情に流されてしまいたかった。

2人を邪魔する者はどこにもいない。


条件だってなにもない。

だけどモニターが完全に消えたのが横目で見えて、京一は香澄から身を離した。

「モニターが消えてる」


香澄が呟く。

それですべてが終わったのか、それとも更なる展開が待ち受けているのか。

身構えた次の瞬間、モニターが添乗へと吸い込まれ、収納されていった。


そしてモニターがあった奥の壁が自動ドアのように左右に開いたのだ。

あんなところに扉があったのか!

「出られるぞ!」


京一は香澄の手を握り締めてドアへと急いだ。

そうしないと再び閉められてしまいそうな恐怖感もあった。


足早に部屋から出ると、そこは白い廊下が続いていた。

右奥には外へ通じているガラス戸があり、左手は行き止まりになっている。

このまま外へ向かって大丈夫なのだろうか?

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