第24話

昌也はチラリと置時計を確認した。

まずい。

本当に今すぐ他社の原稿にとりかからないと、また締め切り破りの作家というレッテルを貼られてしまうことになる。


ぐっすりと眠っている早紀を無理矢理起こすのは気が引けるけれど、こちらとしても致し方ない部分ではあった。

「中野さん、起きてください」


ソファの横に座り込み、早紀の顔を覗き込む。

なにか楽しい夢でも見ているのか、口元が笑っている。

なにを暢気な……。


そう思ったが、その笑顔につられて笑顔になっていた。

驚き、自分の口元に手を当てる。

人前で滅多に笑うことのない自分が笑っている。


人の幸せそうな顔を見て笑っている。

それが、衝撃的だった。

昌也はまじまじと早紀の寝顔を見つめた。


この人はなにか、自分にとって特別な人なんだろうか?

そう思った次の瞬間、無意識の内に早紀へ身を寄せていた。

そして眠っているその唇に自分の唇を押し当てた。


時間にしてほんの一瞬のできごとだ。

昌也はすぐに身を離して目を丸くした。

今俺、なにした?


自分のしたことが信じられなかった。

眠っている編集担当者にキスをしてしまうなんて、犯罪者級のことだ。


心臓がバクバクと音を立てていて、今にも口から飛び出していきそうだった。

「んん……」


早紀のまぶたが震えてかすかに目が開く。

そして早紀が完全に目覚めたとき、昌也はまた、あの無表情で冷たい作家へと戻っていたのだった。


「過激でなくてもいいので、なにかひとつ命令をしてください」

アナウンスに我に返る。

目の前には早紀が不安そうな表情をして立っている。


「過激じゃなくていいんですって」

早紀はホッとしたように肩を落とした。

さっきの社長と秘書ペアよりも過激にしろと言われたら、もう打つ手はひとつしかないと思っていたところだった。


でも、そうはならなかった。

相手がなにを考えているのかわからないが、自分たちへの対応はやわらかくなっている。

「それじゃ、服を着て。これは命令よ」


早紀が落ち着いて口調で言うと、昌也は無言でうなづいて脱ぎ捨てられた衣類を身に着け始めた。

「俺たちはもうこのゲームを観戦する側になったってことかな?」


服を着終えた昌也が言う。

「わからない。でも、私たちがしたことのなにかがよかったということだと思うの」

前回の命令を思い出してみると、それは素直な気持ちを伝えることじゃないだろかと思えた。


早紀たちは互いに好きだと告白して、その気持ちを理解しあった。


そして社長と秘書ペアの2人もついさっき愛を確認し合い、途中でアナウンスは2人を解放したのだ。

でも、犯人の意図は全くつかめていなかった。


互いに気持ちを確認させて、それでどうなるというんだろう?

犯人側にメリットがあるとは思えなかった。


「とにかく、もう少し様子を見てみよう」

昌也はそう言うと、早紀の隣に腰を下ろしたのだった。

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