第23話
宏はアナウンスの声が聞こえる前に自分のスーツを脱ぎ捨てていた。
この特別な空間で、自分の感情は制御の限界を迎えている。
それに、さっきのアイドルペアよりも過激なことといえば、もう次の段階へ進むしかないと思っていた。
「どうして、編集者たちはあれだけですんだんでしょうか?」
モニターを見つめていた友美が呟く。
「さぁ、わからない」
それは宏も気になっていたところだった。
あの2人は大したことはしていない。
モニターで見る限り濃厚なキスをしていたくらいなものだった。
2人の愛のささやきはモニター越しでは聞こえてこなかった。
「なにか特別なことをしたんでしょうか。それがなにかわかればいいのに」
本気で悩んでいる友美の体を後ろから抱きしめた。
さっき口に含んだ友美の体液の味がまだ口の中に残っている。
その香りは容赦なく宏をせきたてた。
突然抱きしめられた友美は体のバランスを崩してその場に倒れこんでしまった。
その上に馬乗りになり、体を自分のほうへと向けさせる。
そして間髪いれずにキスをした。
最初は小鳥がエサをついばむように。
そして徐々に深く、濃厚になっていく。
部屋に響くのは2人分の吐息と、リップ音だけだ。
「宏、命令を」
宏の下であえぐ友美に言われて我に返った。
そうだ、ちゃんと命令しないと意味がないんだ。
宏はいったん手を止めて友美を見下ろした。
整ったきれいな顔。
長い睫毛に厚い唇。
こうしてまじまじと友美の顔を見つめると、自分の欲情が更に騒ぎ始める。
「俺を愛せ」
思わず、口からそんな言葉が出ていた。
間の前にいる彼女を愛しいと感じる。
心からほしいと感じている。
彼女にも自分と同じ気持ちになってほしかった。
友美の目にはうっすらと涙が浮かんできた。
だけどそれは悲しみとか恐怖からくる涙ではなかった。
全然違う。
愛しさのせいの涙だった。
「はい」
友美はうなづき、宏を受け入れる。
次の瞬間「すばらしい! そこまでで大丈夫ですよ」というアナウンスが聞こえてきて2人は突然現実に引き戻された。
「え?」
友美は胸元を手で隠しながら上半身を起こし、首をかしげる。
「どういうことだ?」
宏も首を傾げるが、アナウンスは答えてくれない。
すでに次の編集者ペアへとうつってしまっている。
2人しばらく呆然として互いを見詰め合っていたのだった。
☆☆☆
ある時、原稿を取りに来た早紀が昌也のマンションの一室で眠ってしまったときがある。
その時は他社からの仕事と同時進行で原稿を進めていたため、いつもの倍の時間がかかっていた。
ただでさえ締め切りが間に合わない作家として有名になりつつあった頃だから、早紀はなにがなんでも昌也から原稿をもらって帰るつもりだったのだ。
「中野さん、原稿できましたよ」
声をかけるが、早紀は少しも反応を見せずにソフォで横になっている。
この後他社の原稿にうつらないといけないから、昌也としても時間がなかった。
「中野さん?」
声を欠けて、肩をゆすって、それでも早紀は起きない。
編集者の仕事というのは作家に合わせて時間調整などをするから、眠る時間も削るときがあると聞いたことがある。
夜型の作家の担当になった人など、特にそうなってくるらしい。
昌也は昼型の作家だったが、担当作家はひとりだけじゃない。
ひとりの担当につき、2~3人の作家の面倒をみるようになっている。
疲れていても仕方がない職業だった。
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