第15話

「……俺の笑顔が見たかったんだ?」

「ま、まぁ」

うなづくと昌也は困ったように前髪をかき上げた。


その何気ないしぐさでも絵になってしまう。

「俺、周りから笑わないヤツって言われてたんだ」

昌也は学生時代を思い出して呟いた。


その頃からすでに人見知りを発揮していた昌也は誰とも会話しなくていい文学にのめりこんでいった。

小説を広げるとどんな世界にでも飛んでいくことができる。


丁寧に描写された世界を頭の中に思い浮かべれば、自分がその場にいるような気になった。

その代わり、友達はできなかった。

人見知りと、目つきが悪いこともあいまって「笑わないヤツ」と陰口をたたかれ始めるまで、そう長くはかからなかった。


それでも小説さえ読んでいれば気にならなかった。

自分の肉体は学校にあっても、心はまったく別の場所を旅している。

そんな昌也が作家を志すようになるのは、必然的な出来事だった。

「わかった」


「え?」

「俺を作家にしてくれたのは中野さんだ。そのくらいのことはできる」

昌也はそう言うと、ぎこちなく口角をあげてみせた。


それはさっきの笑みとはまた違って、ぎこちなくも素直な笑顔だった。

目じりに少しシワがよって少年のように幼い笑顔が浮かんでくる。

その表情に早紀は目を見開いて息を飲んだ。


自分で命令しておいたものの、昌也の笑顔は本当にレアなのだ。

「これでいい?」


照れたのか頬を赤くして頭をかいてごまかしている。

そのしぐさすら珍しくて早紀はジッと見入ってしまった。

昌也のファンとしてもたまらないワンシーンだったに違いない。


しかし、そんな貴重なワンシーンでも過激ではなかったことでアナウンスでは許されなかった。

昌也の滅多に見せることのない笑顔は「なんですかそれは」と、冷めた声で一刀両断されてしまった。


それを聞いた昌也は軽く舌打ちをして、自ら服を脱ぎ始めた。

「ちょっと、なにしてるの!?」

早紀が慌てて止めるが、昌也はあっという間に全裸になってしまった。


早紀は目のやり場に困って顔をそむける。

「全裸にくらいならないと、ダメだろ」

そうかもしれないけど、だからって……!


文句を言いたいのをグッと押し込める。

本当は昌也だって恥ずかしいに決まっている。


それを我慢して脱いでくれたのだ。

その思いを踏みにじることはできない。

早紀はどうにか昌也へ視線を戻した。

「じゃ、じゃあ……あなたが嫌でなければ、キスをして」


それが編集者として精一杯の命令だった。

これだけのことをしても無理かもしれない。

昌也は一瞬顔をしかめたが、すぐに早紀に身を寄せてきた。


昌也が裸体のまま早紀の体を抱きしめる。

その体温は想像よりも高くて、抱きしめられた瞬間早紀の心臓は大きく跳ねた。

こんな至近距離にいたら心音を聞かれてしまいそうで、早紀は思わず逃げ腰になってしまう。


しかし逃げる隙を与えられる暇もなく、唇を奪われていた。

薄い唇は想像していた以上に柔らかくて、重ねているだけでとろけてしまいそうだ。

すぐに離されるかと思っていた唇は薄く開き、早紀の唇を割って中へと入ってきた。


咄嗟に昌也の体を両手で押し返そうとしてしまう。

しかししっかりと抱きしめられた体は離れない。

口内へ入り込んできた昌也の唇が早紀の唇に絡みつく。

2人の唾液がペチャペチャと淫靡な音を立て、早紀の体は急速に熱を帯びていく。

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